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Channel: Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた
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「天国とは、王が、子供の婚宴の宴会を開いたのと似ている」「私はミサに与ってイエズス様の招きに応える!」

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2021年10月3日(主日)聖霊降臨後第19主日のミサ(幼きイエズスの聖テレジアの祝日)
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父説教(東京)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

今日の福音では、イエズス様は「天国とは何か」という例えをお話になりました。
「天国とは、王が、子供の婚宴の宴会を開いたのと似ている」と。

これは何かというと、天主三位一体の聖子が、天主の本性と人間の本性を、御自分のペルソナにおいて分かち難く一致させて、その一つとなった。天主と人間が一つになった。この一致はまさに、人間においては結婚・婚姻、「二人は一体となる」という、それに例えられるからです。

二つが、全く別のものであるものが一体となるという事です。そして決して離れないという事です。婚姻の神秘です。

この神秘に私たちが招かれている、そしてそれに与る、そしてそれに参与する、それに協力する、その目的は、「私たちも天主と一体となって、永遠の命、永遠の天国での婚宴に連なる」という創造の目的の神秘です。

これこそ、この天国の為に、この永遠の婚宴に連なる為に、私たちの人間本性が天主の本性と一致して、私たちがあたかも天主のようになるように、その為に私たちはここに生まれて来ましたし、創造されました。今ここでこうやって生きています。短い命、これは天国での永遠の為にあります。

この婚姻の席に屠られる肥えた動物というのは、その最も最大の屠られるいけにえとは、天主の聖子イエズス・キリスト御自身です。天主の子羊が私たちに食される為に、宴会のその為に、十字架の上で屠られました。そして私たちはそれに招かれています。イエズス・キリストのいけにえと一致するように。

この招きにユダヤ人たちは、イエズス・キリストの天主の本性と人間の本性が、イエズス・キリストにおいて一つになった、というこの招きを、この信仰を、残念ながらユダヤ人は受け入れませんでした。なぜ拒否したかというと、畑仕事があったり、ビジネスがあったり、ミーティングがあったり…、天主の聖子イエズス・キリストよりも、別のものを選んでしまったからです。そしてその為に滅ぼされてしまいました。

第2のポイントは、この婚姻の招きに寛大に応えた聖人たちがいることです。
多くの聖人がいますけれども、つい最近の例では、幼きイエズスの聖テレジアがあります。実は10月3日今日は、幼きイエズスの聖テレジアの祝日です。聖伝の典礼によると、今日が祝日です。

幼きイエズスの聖テレジアは、14歳の時に、7月のある主日、ミサに与った後に、祈祷書の中からイエズス様の十字架に磔られたその御影が、そのカードがはみ出ていたのです。そこで見えたのが、イエズス様の片手、十字架に付けられた片手でした。そこから御血が滴り落ちていました。

それを見た時に、「あぁ!」と思いました。「イエズス様は私たちを招いて下さっている。その愛に招いて下さっている!霊魂を救いたいと招いて下さっている。『私は乾く』と言って、そしてそれは霊魂に渇いている。霊魂を欲し、救いたいと渇いている、渇望している。そしてせっかくその渇望して流された血は、無駄にされて、誰もそれを気にかけない。地面にそのまま落ちて無駄になっている。何とかしたい。せっかくの御恵みをなんとかしたい。」

そこで幼きイエズスの聖テレジアは、「イエズス様のいつも十字架の足元にいたい。いつもそこに留まって、イエズス様の御血を全部受けたい。そしてその受けた御血を他の霊魂たちの為に配りたい」と思いました。

第3の点は、私たちも招かれていることです。
イエズス様は今日私たちの前に、片手だけではなくて両手を以って、「さぁ、おいで。この聖心の中においで」と開いて、十字架の前で、十字架の御像を見せて、私たちを招いておられます。「さぁ、ミサに与ってほしい。この御血の恵みを全て受けてほしい。私の愛が無駄にならないように、私の流した血が皆有効に使われるように。」

このミサでは、聖伝のミサは、単なるお食事、兄弟の食事会ではなく、最後の晩餐の記念でもなく、本当にイエズス・キリストの御体と御血が秘跡的に屠られて、そして私たちの上に降ります。

このいけにえこそが、私たちに本当の平和と、本当の祝福と、本当の文明と、本当の社会を築いてくれるものです。

もしもイエズス様の十字架のいけにえがなかったら、この社会は戦争と混乱と無秩序、私たちはおそらく人類は絶滅してしまうに違いありません。誰も信用できなくなり、お互いがお互いを敵と見て、そして恐ろしい世界が来てしまうでしょう。私たちは動物以下のように扱われてしまったり、あるいは何の正義も、何の尊敬も受けない世界が来てしまうかもしれません。

しかし人類の敵は、このイエズス様の本当のいけにえを地上から無くしてしまおうと、昔から計画を立てています。プロテスタントの改革は、マルチン・ルターによって始まりましたが、マルチン・ルターは、「教皇制度を破壊するには、ミサを破壊すれば良い」とよく見ていました。そこで、カトリック教会の破壊の為にまず手をかけたのが、「ミサを変える事」でした。フランス革命の時も最初に禁止されたのが、「カトリックのミサ」でした。カトリックのカテドラルは、理性の女神を崇める、人間の知性を理性を崇める神殿に、偶像崇拝の場所に変えられてしまいました。

人類の敵、悪魔は、人間の社会の為に一番利益になっているものは何かをよく知っています。それが、今この皆さんの与っている聖伝のミサです。

この聖伝のミサを、どうしても人類の救いの為に、人類の存続の為に守る事は、絶対に緊急で、絶対に必要な事です。これは、カトリックの信仰が私たちに教えています。

なぜかというと、唯一の天主イエズス・キリスト、王であるキリストは、この十字架のいけにえを以って、ミサを以って、私たちに御恵みを与えようと御望みだからです。世の終わりまでそうです。これを誰も変える事ができません。ですから、このミサをどうしても私たちは守り続けなければなりません。

皆さんがミサに与る事によって、最高の人類への奉仕が、教会への奉仕ができています。

ですから愛する兄妹の皆さん、どうぞ今日福音のイエズス様のその招きに寛大に答えて下さい。このイエズス様の御血を私たちが受ける事ができるように、ミサに与り続けて下さい。私たちをミサから遠ざけるようなものが誘惑があるかもしれません。どうぞそれに対して「いや、私はミサに与って、イエズス様の招きに応える!」と仰って下さい。

このミサに与る事によって、多くの霊魂を救うように、どうぞイエズス様に祈って下さい。

「イエズス様の御血を全て受けよう。御恵みを全て受けよう。そして私たちの隣人たちに、日本の為に、世界の為に、カトリック教会の為に、教皇様の為に、これを御捧げしよう」と思って下さい。私たちの日常の犠牲や辛い事なども、イエズス様と共に御捧げしましょう。幼きイエズスの聖テレジアのように、そして遂には天国の永遠の婚宴に多くの救われた霊魂たちと連なる事ができますように、諸聖人と喜びを分かち合う事ができますように、お祈り致しましょう。ロザリオのマリア様にも、それができますように、お祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


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