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【参考資料】デヴィッド・ウェムホフ(David Wemhoff):第二バチカン公会議と米国のディープ・ステート

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第二バチカン公会議と米国のディープ・ステート

Vatican II and the American Deep State

第二バチカン公会議から60年

デヴィッド・ウェムホフ(David Wemhoff) 2022年11月14日

第二バチカン公会議のときタイム誌の記者だったロバート・ブレア・カイザーは生前、記者たちは「(第二バチカン公会議の)草案(schema)に影響を及ぼす参加者兼観察者」だったと話していた。これは、カトリックの教理に対する世界的な攻撃の一部だったのであり、何年も前から知られていたことだった。また、米国の「ディープ・ステート」と「グローバリスト」にとって、第二バチカン公会議は、カトリック教会を彼らに奉仕させる立場に置く機会を提供した。この公会議は、歴史上最も血を流した戦争の終結からほぼ17年以内に開催されたため、多くの参加者の心の中には、その戦争が鮮明に残っていた。同時に、世界は冷戦状態に固定されており、一方はソ連共産主義、もう一方は米国という二つの異なる世界観の間で激しい闘争をしていた。前者は暗く不吉なもの、後者は明るく豊かなものとして描かれていた。米国のメディアは、そのような絵を描くのを助けていたのである。

タイム誌は、ヘンリー・ロビンソン・ルースが創刊したものだ。ルースは長老派の牧師の息子で、その血筋は米独立戦争までさかのぼることができた。彼はタイム誌を創刊することで、ニュース雑誌を発明したのである。ルースは、ウォルター・リップマンの指導の下、新しく生まれ出た心理操作の科学かつ体系化を実践して、画像【写真や絵】、言葉、感情を用い、米国内や海外の見解、思想、認識を、多面的に形成し、それらに影響を与えた。ルースの何点かの雑誌は、彼を米国、ひいては世界で最も強力で影響力のある人物の一人にした。ルースは、合衆国憲法――米国社会を組織する原理を政治的に表明し代表するようになった米国憲法――について、言い換えれば、米国のイデオロギーについて語らない日はなかったと言われている。このイデオロギーの中心にあったのが、憲法修正第1条【国教の樹立を禁止と信教の自由】の教義である。

ルースは長い間、教会と国家に関する教理を持つカトリック教会に注目していた。教会は、米国や世界を支配するという富豪たちの利益計画に対する障害物であると同時に、さらに大きな権力と支配という目的を推し進める好機でもあったのである。ルースは、反カトリック・リベラル派のバイブルとなった「米国の自由とカトリックの力」という著書を持つポール・ブランシャードと同じ感情を抱いていた。ブランシャードの観察によれば、司祭は「ローマの霊的かつ政治的な財産の代理人(エージェント)」であり、「位階階級に従属している」[1]。司祭は、どんな思想に対しても信頼性を与えるため、神学者である司祭は、より一層の権威者となるのであった。ブランシャードは、教会が権力を維持するのを助ける点で、神学の果たす役割を理解していた。ブランシャードによれば、

「教会と国家に関する教会の哲学は、独自の切手や旗を持つ小さな土地が存在し続けることよりもはるかに重要である。実際、バチカンが支持している教会と国家に関する哲学は、カトリックのシステム全体の中で最も重要なものであり、それは司教や司祭が世界中で追求する政治的かつ社会的な政策を決定するものだからである」[2]。

そのため、ルースと、彼が推し進める利益を所有する社会経済的エリートたちは、米国の社会組織のシステムの承認を支持する一人の神学者を必要としていた。社会の法の基礎となるいかなる宗教も設立しない【国教を設立しない】と定め、また、言論の自由と報道の自由の条項をもって私的利害関係者に実権を与えるという「国教条項」(Establishment Clause)のある憲法修正第1条を、米国のエリートたちは教会に承認してほしかったのだ。ウッドストック大学教授で、「神学研究」(Theological Studies)の編集者であるジョン・コートニー・マレー(イエズス会)(John Courtney Murray, SJ)が、その神学者となるのであった。

1948年4月26日、ニューヨークのビルトモア・ホテルで、「全米キリスト教徒およびユダヤ教徒会議」が主催する秘密会合が開かれた[3]。出席者は、プロテスタント、ユダヤ教、カトリックの代表者だった。主要議題は、教会と国家の関係だった。マレーは、一つの解決すべき問題があることに同意した。教会と国家の関係については、米国ではなく、カトリックの方が問題だった。すなわち、後に彼が言っているように、「教会と国家の問題は、非常に特殊かつ独特な意味で、カトリックの問題、つまりローマ・カトリックの問題である」[4]。教会と国家の関係に関するカトリックの教理の「もっと自由な解釈」を提供することに同意することによって、マレーは、カトリック信仰の最も重要な教理の一つを、多くのカトリック指導者の心において、最終的に弱めるという事業に着手したのである。

それから間もなく、米政府は、米国カトリック大学の裕福なカトリック信者で教授であったエドワード・リリー博士の指導の下、教理戦のプログラムを考案した。教理戦は、「心理戦の中核。思想戦あるいは教理戦」と考えられており、「自国システムの基本的思想を積極的に支持すると同時に行われる、基本的な敵対システムに対する計画的な攻撃」[5]を含むものだった。教理戦とは、言い換えれば、社会の秩序を再編する方法だったのである。教理戦は、「大衆の行動に影響を与えること、実際、それは直ちに大衆を対象とするのではないが、意思決定者とそのスタッフを対象とする」[6]ものだった。教理戦が標的にしていたのは、「発展した心。概念と合理化を発展させることに従事し、同じことを他者に投影することができるこの心は、明確にし、分析し、総合する能力を持っている」のであり、「自分たちが受け入れているイデオロギーに満足しなく」なる心だった[7]。

1953年までに、この計画は発展して、PSB D-33として知られる機密文書に含まれた。この教理戦プログラムは、「恒久的な文献」を提供し、「学者や世論形成団体を含む知識人に訴えかける長期的な知的運動」を育成することを目指すものだった。その目的は、(1)米国と自由世界の目標に敵対する共産主義やその他の教えに知的基盤を提供してきた世界規模の教理的思考パターンを打破する」[8]ためだった。これを行うために、「相手側の体制内の局所的な相違、異端、政策の不一致を利用する」[9]のである。政府の情報機関は、メディアや企業とともに、その努力を調整することになっていた。

これは、やがて、今日私たちがグローバル化として知っている計画を実行するのに役立つものだった。1952年と1954年に産業界、銀行、労働組合、情報機関、国務省などの連邦政府機関の代表者たちがニュージャージー州プリンストンに非公式に集まり、それを実現するための計画について話し合った[10]。米国の文化や思想は、いくつかの社会の中に挿入されなければならなかったが、それは、その社会の経済発展への道、あるいはある人々が言うように経済植民地化への道を開くためだったのである。

1958年10月に教皇ピオ十二世が死去し、後継者のヨハネ二十三世が公会議を招集したことで、米国のエリートたちは、カトリック教会を米国の思想や政策、特に憲法修正第1条の背後にある思想を広める存在にすることで権力を拡大する機会を得たと感じた。ルースとその取り巻きは、それ以前からバチカンで変化が起きていることを知っていた。彼らは、カトリック教会の本部で起きていることに関して諜報活動をしていたからである。例えば、彼と米国のエスタブリッシュメント、さらに米国の情報機関は、プロ・デオ大学とその創立者であるフェリックス・モーリオン神父(ドミニコ会)に資金を提供し、支援していた。この高等教育機関はローマにあって、カトリック世界の若いビジネスマンやその他の専門家に、米国の社会組織のシステムの利点を教えていた。実際、1953年11月、ルースが「The American Proposition」という演説を行ったのは、その大学だった。マレーによって書かれ、ルースが行ったその演説は、社会組織の理想として憲法修正第1条を提唱したものだ。その理想に不可欠なのが、カトリック教会とカトリックの宗教を(あらゆる教会や宗教と同様に)社会から排除する「国教条項」だった。この条項は、言論の自由、報道の自由とともに、社会や文化における、さらには宗教に対する実際の権力を、強力な私的利益、すなわち富豪階級に与えるものだったのである。

1962年の夏、公会議の開始の数週間前に、ルースは首席補佐官のチャールズ・ダグラス・ジャクソン(「CDジャクソン」)をローマに派遣し、調査させた。ジャクソンは、メディア、情報機関、産業界で働いてきた経歴の持ち主だ。彼は、この三つのグループの活動と利害が合流する中心人物であり、ドワイト・アイゼンハワー大統領のスピーチライターも務めた。ジャクソンは、位階階級の内部事情に通じており、「世界中にある、あの途方もない機構」[11]である教会が、いかに現代に適応するために変化しなければならないかと発言した。

Photo Credit

【注】拙著「ジョン・コートニー・マレー、タイム/ライフ、米国の命題」(John Courtney Murray, Time/Life and the American Proposition)は、冷戦の初期に、カトリックの教理、特に教会と国家の適切な関係に関する教理を変えようと、カトリックの指導者に対して行われた心理的かつ教理的な戦いについて説明している。カトリックの教理は変わらなかったが、「第二バチカン公会議の精神」として知られる修辞学的かつイデオロギー的な武器が作られて、第二バチカン公会議を歪め、カトリックの教理を破壊し、多くの人々に混乱と苦しみをもたらすために利用された。7年以上をかけて、多くの資料から数百の脚注が作成されたこの二巻の新版は、ジョン・C・ラオ博士の前書きが付いており、amazon.comでペーパーバック版あるいは電子版を購入することができる。

[1] Paul Blanshard, American Freedom and Catholic Power, (Boston: Beacon Press, 1949), 34.

[2] Ibid., 44.

[3] David Wemhoff, John Courtney Murray, Time/Life and the American Proposition (South Bend, IN: Wagon Wheel Press, 2022), Vol. I, 93-97.

[4] Untitled text of talk by John Courtney Murray that begins with “Mr. Chairman, Ladies and Gentlemen,” John Courtney Murray Papers, Box 6 File 445, Georgetown University Library, Special Collections Division, Washington, DC.

[5] “Terms of Reference, Ideological Warfare Panel,” OCB Secretariat Series Box 2 Folder “Doctrinal Warfare (Official) (File # 1) (4),” Dwight D. Eisenhower Library, Abilene, Kansas.

[6] “Statement on Doctrinal Warfare Targets,” dated February 6, 1953, OCB Secretariat Series Box 2 Folder “Doctrinal Warfare (Official) (File # 2) (2),” Dwight D. Eisenhower Library, Abilene, Kansas.

[7] Ibid.

[8] PSB D-33 June 29, 1953, “U.S. Doctrinal Program”, Psychological Strategy Board, Dwight D. Eisenhower Library, Abilene, Kansas.

[9] Ibid.

[10] Wemhoff, John Courtney Murray, Time/Life, and the American Proposition, Vol. I, 469-480.

[11] C.D. Jackson, “Overseas Report (Confidential) # 4 from CD Jackson,” dated August 7, 1962, CD Jackson Papers, Box 109, “World Trip, Transcripts, Italy, 1962,” Dwight D. Eisenhower Library, Abilene, Kansas.

デヴィッド・ウェムホフは、カウンセラーにして作家である。ノートルダム大学で行政学のABを、太平洋大学マクジョージ・スクール・オブ・ローで法学博士(JD)を取得。ウェムホフ氏は、2019年5月、インディアナ大学で国際法・比較法の法学修士(LLM)を修了した。

ウェムホフ氏は、二つの大学で大学レベルのコースを教えていた。これらのコースには、ビジネス法、米政府、憲法、州・地方政府などが含まれていた。カトリック社会科学者協会のメンバーである。

ウェムホフ氏は、「米国の命題」(The American Proposition)を編集・寄稿しており、それはwww.theamericanproposition.comで見ることができる。この出版物は、米国という社会の社会経済的・法的組織のシステムと、世界におけるその役割に焦点を当てている。また、「Redeeming a Father's Heart」を編集。Men Share Powerful Stories of Abortion Loss and Recovery (AuthorHouse 2007), Just Be Catholic (AuthorHouse 2011)のほか、From the Hillside (Wagon Wheel Press, 2019)という詩集を執筆している。

ウェムホフ氏は、高い評価を得ている2巻の著作「ジョン・コートニー・マレー、タイム/ライフ、米国の命題」(John Courtney Murray, Time/Life, and the American Proposition)を執筆した。この作品は第2版において、Wagon Wheel Pressから出版されており、Amazon.comで購入できる。これらの巻では、米国政府が民間メディアと共同で開発した「教理戦プログラム」と、冷戦時代にカトリック教会に対して成功裏に行われたその手法が説明されている。

ウェムホフ氏は、米国の本質とそれが世界に与える影響に関する本を執筆中。インディアナ州グレンジャー在住。

【参考情報】The Fundamental Right to the Catholic Confessional State: An Outline of the Case According to Key Post Vatican II Documents – The American Proposition


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