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【参考情報】ミュラー枢機卿、バチカンがフェルナンデス大司教について警告のファイルを持っていることを認める

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【参考情報】ミュラー枢機卿、バチカンがフェルナンデス大司教について警告のファイルを持っていることを認める

2023年7月28日

Cardinal Müller Confirms Vatican Had File Warning About Archbishop Fernández

エドワード・ペンティン

【解説】教皇フランシスコは、つい最近、教理省のトップにフェルナンデス大司教を任命した。ところが、アルゼンチン出身のフェルナンデス大司教は、ベルゴリオ枢機卿(将来のフランシスコ教皇)がアルゼンチンにいた時から、婚姻と同性愛に関することで異端の疑惑をかけられていた。ベルゴリオ枢機卿はそれでもフェルナンデス神父(当時)をカトリック大学の学長と任命しようとした。フランシスコ教皇は、教皇になると同じフェルナンデス神父を、信仰の正統性をチェックせずに、司教と任命し、今回は教理省の長と任命した。

エドワード・ペンティン―バチカン市国】ゲルハルト・ミュラー枢機卿は、バチカンの教理省が、教皇フランシスコが(今月)教理省のトップに任命したビクトル・マヌエル・フェルナンデス大司教に関する神学的懸念を含むファイルを持っていたことを認めた。

このファイルは、ブエノスアイレスのホルヘ・ベルゴリオ枢機卿が2009年に当時のフェルナンデス神父をアルゼンチンの教皇庁立カトリック大学の学長に任命した時のものであることが、第二の教会の情報源によっても確認されている。

フェルナンデス大司教は7月5日付の「レジスター」へのコメントで、このファイルの内容を軽視し、自分の著作に基づく「告発」に関するバチカンの懸念は「さほど重要なものではなかった」と述べ、バチカン当局者との手紙のやり取りで、自分の「本当の考えを明らかにした」後、「すべては穏やかに解決された」と述べた。

教皇フランシスコは7月1日、教皇の側近の助言者の一人であり、フランシスコの使徒的勧告「愛のよろこび」(Amoris Laetitia)の最も論争となっている箇所の起草者とされているフェルナンデス大司教教理省長官に任命した。大司教は、すでに発表されていた9月中旬の開始予定から前倒しされ、8月に就任する。

ミュラー枢機卿は2012年から2017年までこの部署(旧教理省)の長官を務めていたが、7月4日付の「レジスター」は、このファイルはベルゴリオ枢機卿が当時のフェルナンデス神父を大学の学長に推薦した後、当時のカトリック教育省次官だったジャン=ルイ・ブリュゲ大司教によって2000年代後半のころに作成されたものだと書いている。

このファイルの目的は、教理省に十分な情報を提供し、カトリック大学の新学長の必要条件の一つである「nihil obstat」(障害なし)宣言を授与するか保留するかを決めることだった。

ミュラー枢機卿は、「教理省は、常に決定的な言葉を与えることに関与している。従って、カトリック教育省は、正式な『了承』を与える際に、このような任命に問題がないことを、教会が絶対的に確実であるように、教理省に『nihil obstat』を求めなければならない」と言う。

このファイルの内容のために、当時のウイリアム・レバーダ枢機卿が率いる教理省は、懸念が解決されるまで「nihil obstat」の交付を遅らせた。

そのため、フェルナンデス神父が就任宣誓を行うことができたのは、非公式の学長就任から2年半後の2011年5月のことだった。それは、彼の神学的見解の一部について、ファイル内で継続的な懸念が提起されていたからである。

ミュラー枢機卿は「レジスター」に対し、ファイルが存在するにもかかわらず、フェルナンデス神父が教理省に「より良く行うことを誓う」手紙を送った可能性があることを強調し、これは「疑念を払拭するための、このようなことの常套手段だ」と付け加えた。

フェルナンデス大司教は、そのようなアプローチを取ったようだ。彼は、「レジスター」に対して、2009年に学長に任命された後、自分が書いたいくつかの記事が「ローマに届き」、「その瞬間から手紙のやりとりが始まり、その中で私は自分の本当の考えを明確にし、すべてが穏やかに解決された」と語った。

「ローマの仕事のペースでは一年以上かかったが、告発はそれほど重いものではなかったことを明確にしておきたい」と彼は語った。「例えば、彼らは私がアルゼンチン内陸部にある私の街の小さな新聞に書いた半ページに疑問を投げかけた。そのページで私は、私たち司祭は、結婚に対する一定の観念を持っているため、同性愛者の結合を祝福することはできないと説明した。しかし、それにもかかわらず、私たちは人々を裁いたり、非難したりはしなかった」。

フェルナンデス大司教は続けて、「告発者たちは、私が結婚についての教会の理解を十分に説明していないと言った。信じられないかもしれないが、このことに私は、数カ月の時間を取られた」」と述べた。

彼は付け加えて、自分は「この問題の専門家ではない」と説明したため、この件に関する訂正記事を発表することが「必要または適切」とはみなさなかったと述べた。一般的に「神学者は、私たちが専門にすることができたテーマについて記事を書こうとする」と彼は言った。

フェルナンデス大司教は7月3日、アルゼンチンのラジオ局「Perfil」とのインタビューで、教理省がかつて異端審問の検邪聖省であったことを思い出しながら、教理省は「私のことさえ調査した」と述べて、この経験を振り返った。彼は、そのプロセスは「実に腹立たしいもの」であり、自分自身を正当化するために「無意味なことに何カ月も費やした」と語った。

フェルナンデス大司教は、物議を醸している同性愛関係にあるカップルの祝福について、引き続き意見を述べている。彼は7月5日、スペインのカトリックウェブサイト「Infovaticana」に対し、男女間の「厳密な意味」での「結婚」に匹敵するものはなく、「その混乱を助長するような儀式や祝福を避けることが、取るべき最大の注意点である」と述べた。しかし、彼はこうも付け加えた。「今、もし祝福がそのような混乱を引き起こさないような形で与えられるのであれば、それは吟味され、検証されなければならない。お分かりのように、言いたいポイントは、私たちは純粋に神学的な議論を離れ、もっと賢明で規律的な問題に移っているということだ」と。

彼はまた、インタビューで、教会の教理を変えることはできないものの、教理に対する「私たちの理解」は変わり得るし、「事実、それは変わった、これからも変わり続けるだろう【ソノママ!】」と述べた。

フェルナンデス大司教は、バチカンの懸念が取り除かれたのは、ベルゴリオ枢機卿からの圧力によるものではないと述べた。「彼は、私に送られた質問に私が答えれば、遅かれ早かれすべてが解決するだろうと確信していた」。

しかし、ブリュゲ大司教にとっては反響があったようだ。教皇フランシスコは、彼が2012年から2018年まで、聖なるローマ教会の記録係兼司書――18世紀以来その地位に就く人は枢機卿である権威ある役職――を務めていたにもかかわらず、このフランス人高位聖職者を枢機卿にすることはなかったからだ。

教皇フランシスコは教皇に選出された2カ月後、フェルナンデス神父を大司教に昇格させたが、当時はミュラー枢機卿が長官であった教理省には報告しなかった。教皇には司教を任命する前に教理省に「nihil obstat」を求める義務はないが、ミュラー枢機卿は、候補者が教理的に健全であることを確認するため、通常はそうすると言っている。

教皇フランシスコは、フェルナンデス大司教の任命に際しての書簡の中で、フェルナンデス大司教の下にある教理省が、フェルナンデス大司教自身が受けていたのと同じ程度に神学者の正統性を精査することはもうないだろうと示唆しているように見えた。

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