アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様、
2016年7月8日(金)に大阪で聖伝のミサを捧げました。その時のお説教をご紹介いたします。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
2016年7月8日(金) 寡婦聖エリザベト女王のミサ
小野田神父説教
聖母の汚れなき御心教会にようこそ。今日は2016年7月8日、聖エリザベトの祝日を祝っています。
「天の国は、畑に隠された宝物を見つけたものと例える事ができる。」
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟の皆さん、今日は聖エリザベトの祝日で、福音書では天の国の例えとして、畑に埋められた、古代文明の残した価値の宝の山を見つけた人の話を、例えとして出されています。
ヨーロッパでは或いはおそらくパレスチナでは、古代のどこかの王様、或いはどこかの皇帝が、或いは金持ちが密かに隠しておいた、或いは何かの事でそこに埋められてしまったものすごい宝が時々出てきました。今でも出てくる事があるそうです。その宝はもうお金ではもう値が付けられないもので、そのような宝の山を見つけた人は、その畑にそれがあるというのを知ると、それをこっそり隠しておいて、「この畑を買いたい。この畑を買う為だったらもう全財産をなげうってでも絶対買いたい。特にそこの宝がある所だけは買いたい。」と思って、「その為だったら持ってる物を全てなげうっても、どんな犠牲もいとわない。何故ならば、それとは比較にならないほどの巨大な利益が待っているからだ。」
ちょうど天国もそれと同じだ。天国を得る為に、その福音の為にイエズス様の教えの為に、イエズス様の私たちに下さる永遠の命、永遠の宝と比べれば、この地上の事を一切なげうって交換してもまだそれに足りない。
今日祝日を祝う聖エリザベトもやはり、このイエズス様の宝をよく知った方でした。聖エリザベトは1271年にポルトガルのルシタニアという所で、昔の名前でルシタニアで生まれ、後にポルトガルの女王となります。12歳の時にポルトガルの王ディオニシウスの嫁になるのですけれども、その生まれた時から非常に美しく、信心深く、敬虔で、とても素晴らしい女性だったという事です。結婚してからは、王の為に全力を尽くして、それに奉仕して、王を喜ばせようとしていました。しかしもちろん祈りを、王の前に必ず天主様を第一に奉仕し、その次に夫である王に奉仕しました。
女王として毎日必ずミサに与っていたそうです。その信心は非常に深く、愛徳も深く、多くの貧しい人を助けたり、或いは修道院に寄付をしたり、教会を建てる為に援助をしたり、多くの愛徳の業を尽くしました。特にお祈りには非常に熱心でした。たとえ王様はその王妃エリザベトを非常に嬉しく思い、とても良い女王だと思っていましたが、しかし必ずしも聖エリザベトのように熱心ではありませんでした。特に不潔の罪を犯していたようです。しかし聖エリザベトは非常に熱心で、この王の為に祈り、熱心にポルトガルの為にもお祈りをしました。
ポルトガルといえば、本当に日本に最初に来たのはポルトガル人で、種子島にやって来ましたし、聖フランシスコ・ザヴェリオもリスボンに行かれていましたし、天正遣欧使節もリスボンに到着しましたし、最初にできた辞書はポルトガル語と日本語の辞書でしたし、当時のキリシタンたちはポルトガル語をペラペラ、ラテン語とポルトガル語をペラペラ話していましたし、今でも多くの日本とブラジルの間には関係があるので、ポルトガル語をたくさん話す方が日本に来ていますが、そのポルトガルの偉大な女王として、聖エリサベトは尽くしていました。特に平和を、貴族の間の対立や何か違いを、非常に愛徳を以て平和をもたらして、平和の女王だったとの事です。
王であるディオニシウスが亡くなっても数年間、寡婦として祈りと犠牲と苦行の生活をして、今でもその遺体は腐敗せずに残っています。特にフランシスコ会第3会員として最後は生涯を終えたので、今ではクララ修道会、リスボンのクララ修道会にその遺体が腐敗せずに残っているとの事です。
聖エリサベトが一番大切にした、宝とみなしたものは何だったでしょうか?それはミサでした。毎日ミサに与っていました。どんなに忙しくてもどんな事があっても、どんなにでもミサに与っていました。聖エリザベトにとってミサとは、お恵みと、祝福と、平和をもたらす源泉であり、源だったからです。その事を聖エリサベトはよく分かっていました。ミサでお祈りすると必ず、祝福がその答えとして返ってきたからです。
そのある時には、非常に有名な話なので皆さんこういう話をもう聞かれたかもしれません。ある時には、聖エリサベトにいつも忠実に仕えていた敬虔な召使いがいました。その召使いは、意地の悪い召使いからの妬みを買って、このいつも聖エリサベト女王と仲が良いこの召使いを「滅ぼしてやろう」と罠がかけられました。王様に意地の悪い召使いが言って、「王様、エリザベト女王様とあの召使いはどうも仲が怪しいです。」と疑いをかけました。その意地の悪い召使いの讒言、嘘の悪口を聞いて、王様ディオニシウスは非常に怒り、「そのような召使いは生かしておけない」という事で、森の中に竈を轟々と燃え立たせて、「今から召使いを送るから、召使いが、『王様の命令は実行されましたか?』と聞いたら、それがその男だから、彼はすぐにこの竈で焼いてしまわなければならない。よろしいか。」「はい、分りました王様。」森の中にその召使いを焼く竈を準備させたのです。
王様は、何も知らされてなかったこの良い忠実な召使いを呼んで、「おい、来なさい。いいか、森に行ったら竈があるから、彼らにこうやって聞きなさい、『王様の命令は実行されましたか?』」「はい、分かりました王様。そう致します。」と言って行くのです。それを陰で意地の悪いのが、「しめしめ。」と、「早くこれがいなくなれば良いのに。」というのを見ていました。
忠実な、聖エリサベトにいつも忠実なしもべは、聖エリサベトの真似をしていました。つまりお祈りが好きで、ミサに与るのが好きでした。ちょうど森の所に行こうとすると教会の鐘が鳴って、「ミサだ。」ミサの時間が始まりました。そこで「ミサだから。」という事で、教会の中に入って、ミサに与ってお祈りをしてから、王様の命令の方に行きました。
しかしこの良いしもべが教会でミサに与っている間、意地の悪かったしもべは、「早くあの男が処刑される事を」と言って、もう待ち遠しくて待ち遠しくて、どうなったかどうなったか 、という事で、どうしても待ってはいられませんでした。そこで、「どうなったか、どうなったか 、」と言ってその後を追って行って、竈に着くのです。竈に着いて、「おい、王様の命令は実行されたか!?」するとその男が捕えられて、すぐ焼ける竈に投げ込まれて、処刑されてしまいました。
ミサが終わって、何も知らずに森に行って、王様から言われた通りにそのしもべはそこにいた役人たちに聞くのです、「王様の命令は実行されましたか?」「はい、実行されました!ご覧下さい!」「あぁ!」と、何か自分の知っていたしもべが処刑されているのを見ました。
それでその事を見て、王様にその事を報告すると王様は、「えぇ!?何でこんな事が起こったのか!?この男を処刑するつもりが、別の男が処刑された!」という事で、王様は「一体何の事か!」という事でよく調べてみると、実はこの忠実なしもべは何ら罪もない無実であって、却ってこの意地の悪かったのが嘘をついて、非常に勤務の態度の悪かった、他にも問題があった召使いだという事が分かってきたのでした。女王様の疑いもきれいに晴れて、王様は本当にこの女王様を更に愛した、という事実が残っています。そういう事が伝えられています。
王様はこの時に、「これは天主の御摂理によって全てそれが起こったのだ。ミサがどれほど偉大であるかという事が分かった。」との事です。
何故ミサはそれほど偉大なのでしょうか?それはミサは、超自然の運河であって、超自然のお恵みの元である、お恵みの泉である、十字架のカルワリオへの門であるからです。カルワリオに行く事ができる為のタイムマシンであって、超自然の玄関であって、そこを通ってカルワリオまで行って、その十字架の犠牲に与る事ができる、超自然の装置であるからです。
ミサに与ると私たちは、2000年前にイエズス様が十字架の上で流されたその御血、その十字架の場所にいるのと全く同じ事がこの身に起こるからです。イエズス様は時を超えて場所を超えて、十字架の上から私たち、2016年7月8日の私たちを御覧になっています、「ミサに来たか。カルワリオのいけにえに来たか。」と私たちの事を御覧になっています。
「さぁ、この十字架の苦しみの中の恵みを全て受け取りなさい。この御血潮の無限の功徳を受け取りなさい。祝福を与えよう。どんなお恵みが欲しいのか。求めよ、祈れ、探せ、全てお前たちに与えよう。」と言って、両手を広げて私たちに全てを与えようとして待っておられます。そのまさにその現場に私たちが行く事ができる装置で、特別の超自然の行いであるからです。装置というのはおかしな言い方ですけれども、その特別な場所であるからです。
ですからヨーロッパのキリスト教文明は全て、十字架のこの祭壇の周りに立てられました。平和はこの十字架のいけにえの下にそこから広がりました。発展と、人々の間の信頼と、その分かち合いと喜びは、このいけにえ十字架から来ました。そこから赦しと祝福と喜びがやって来ました、その上に立てられました。これこそがこの地上において、永遠の命における祝福の元だったのです。
ですから聖エリザベトは、どのような事をしても、どんなに難しい事があっても、「このミサにだけは与りたい。ミサが第一だ。」と思っていました。このしもべもそうでした、「王様の命令をするけれども、ミサの方が好きだ。」
では私たちも、聖エリザベトの御取り次ぎによって、特に日本と関連の深いポルトガルの女王様でしたから、私たちの為にもよくお祈りして下さるに違いありません。私たちがこのミサをますます愛してそれに与る事ができますように。天主様のお恵みによって、この聖伝のミサを、イエズス様のいけにえである十字架のいけにえの再現であるミサを、多くの方々がその価値を理解して、日本中に世界中にこのミサが捧げられますように、お祈り致しましょう。
「天の国は、畑に隠された宝と例えられる。」
聖父の聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟姉妹の皆様、
2016年7月8日(金)に大阪で聖伝のミサを捧げました。その時のお説教をご紹介いたします。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
2016年7月8日(金) 寡婦聖エリザベト女王のミサ
小野田神父説教
聖母の汚れなき御心教会にようこそ。今日は2016年7月8日、聖エリザベトの祝日を祝っています。
「天の国は、畑に隠された宝物を見つけたものと例える事ができる。」
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟の皆さん、今日は聖エリザベトの祝日で、福音書では天の国の例えとして、畑に埋められた、古代文明の残した価値の宝の山を見つけた人の話を、例えとして出されています。
ヨーロッパでは或いはおそらくパレスチナでは、古代のどこかの王様、或いはどこかの皇帝が、或いは金持ちが密かに隠しておいた、或いは何かの事でそこに埋められてしまったものすごい宝が時々出てきました。今でも出てくる事があるそうです。その宝はもうお金ではもう値が付けられないもので、そのような宝の山を見つけた人は、その畑にそれがあるというのを知ると、それをこっそり隠しておいて、「この畑を買いたい。この畑を買う為だったらもう全財産をなげうってでも絶対買いたい。特にそこの宝がある所だけは買いたい。」と思って、「その為だったら持ってる物を全てなげうっても、どんな犠牲もいとわない。何故ならば、それとは比較にならないほどの巨大な利益が待っているからだ。」
ちょうど天国もそれと同じだ。天国を得る為に、その福音の為にイエズス様の教えの為に、イエズス様の私たちに下さる永遠の命、永遠の宝と比べれば、この地上の事を一切なげうって交換してもまだそれに足りない。
今日祝日を祝う聖エリザベトもやはり、このイエズス様の宝をよく知った方でした。聖エリザベトは1271年にポルトガルのルシタニアという所で、昔の名前でルシタニアで生まれ、後にポルトガルの女王となります。12歳の時にポルトガルの王ディオニシウスの嫁になるのですけれども、その生まれた時から非常に美しく、信心深く、敬虔で、とても素晴らしい女性だったという事です。結婚してからは、王の為に全力を尽くして、それに奉仕して、王を喜ばせようとしていました。しかしもちろん祈りを、王の前に必ず天主様を第一に奉仕し、その次に夫である王に奉仕しました。
女王として毎日必ずミサに与っていたそうです。その信心は非常に深く、愛徳も深く、多くの貧しい人を助けたり、或いは修道院に寄付をしたり、教会を建てる為に援助をしたり、多くの愛徳の業を尽くしました。特にお祈りには非常に熱心でした。たとえ王様はその王妃エリザベトを非常に嬉しく思い、とても良い女王だと思っていましたが、しかし必ずしも聖エリザベトのように熱心ではありませんでした。特に不潔の罪を犯していたようです。しかし聖エリザベトは非常に熱心で、この王の為に祈り、熱心にポルトガルの為にもお祈りをしました。
ポルトガルといえば、本当に日本に最初に来たのはポルトガル人で、種子島にやって来ましたし、聖フランシスコ・ザヴェリオもリスボンに行かれていましたし、天正遣欧使節もリスボンに到着しましたし、最初にできた辞書はポルトガル語と日本語の辞書でしたし、当時のキリシタンたちはポルトガル語をペラペラ、ラテン語とポルトガル語をペラペラ話していましたし、今でも多くの日本とブラジルの間には関係があるので、ポルトガル語をたくさん話す方が日本に来ていますが、そのポルトガルの偉大な女王として、聖エリサベトは尽くしていました。特に平和を、貴族の間の対立や何か違いを、非常に愛徳を以て平和をもたらして、平和の女王だったとの事です。
王であるディオニシウスが亡くなっても数年間、寡婦として祈りと犠牲と苦行の生活をして、今でもその遺体は腐敗せずに残っています。特にフランシスコ会第3会員として最後は生涯を終えたので、今ではクララ修道会、リスボンのクララ修道会にその遺体が腐敗せずに残っているとの事です。
聖エリサベトが一番大切にした、宝とみなしたものは何だったでしょうか?それはミサでした。毎日ミサに与っていました。どんなに忙しくてもどんな事があっても、どんなにでもミサに与っていました。聖エリザベトにとってミサとは、お恵みと、祝福と、平和をもたらす源泉であり、源だったからです。その事を聖エリサベトはよく分かっていました。ミサでお祈りすると必ず、祝福がその答えとして返ってきたからです。
そのある時には、非常に有名な話なので皆さんこういう話をもう聞かれたかもしれません。ある時には、聖エリサベトにいつも忠実に仕えていた敬虔な召使いがいました。その召使いは、意地の悪い召使いからの妬みを買って、このいつも聖エリサベト女王と仲が良いこの召使いを「滅ぼしてやろう」と罠がかけられました。王様に意地の悪い召使いが言って、「王様、エリザベト女王様とあの召使いはどうも仲が怪しいです。」と疑いをかけました。その意地の悪い召使いの讒言、嘘の悪口を聞いて、王様ディオニシウスは非常に怒り、「そのような召使いは生かしておけない」という事で、森の中に竈を轟々と燃え立たせて、「今から召使いを送るから、召使いが、『王様の命令は実行されましたか?』と聞いたら、それがその男だから、彼はすぐにこの竈で焼いてしまわなければならない。よろしいか。」「はい、分りました王様。」森の中にその召使いを焼く竈を準備させたのです。
王様は、何も知らされてなかったこの良い忠実な召使いを呼んで、「おい、来なさい。いいか、森に行ったら竈があるから、彼らにこうやって聞きなさい、『王様の命令は実行されましたか?』」「はい、分かりました王様。そう致します。」と言って行くのです。それを陰で意地の悪いのが、「しめしめ。」と、「早くこれがいなくなれば良いのに。」というのを見ていました。
忠実な、聖エリサベトにいつも忠実なしもべは、聖エリサベトの真似をしていました。つまりお祈りが好きで、ミサに与るのが好きでした。ちょうど森の所に行こうとすると教会の鐘が鳴って、「ミサだ。」ミサの時間が始まりました。そこで「ミサだから。」という事で、教会の中に入って、ミサに与ってお祈りをしてから、王様の命令の方に行きました。
しかしこの良いしもべが教会でミサに与っている間、意地の悪かったしもべは、「早くあの男が処刑される事を」と言って、もう待ち遠しくて待ち遠しくて、どうなったかどうなったか 、という事で、どうしても待ってはいられませんでした。そこで、「どうなったか、どうなったか 、」と言ってその後を追って行って、竈に着くのです。竈に着いて、「おい、王様の命令は実行されたか!?」するとその男が捕えられて、すぐ焼ける竈に投げ込まれて、処刑されてしまいました。
ミサが終わって、何も知らずに森に行って、王様から言われた通りにそのしもべはそこにいた役人たちに聞くのです、「王様の命令は実行されましたか?」「はい、実行されました!ご覧下さい!」「あぁ!」と、何か自分の知っていたしもべが処刑されているのを見ました。
それでその事を見て、王様にその事を報告すると王様は、「えぇ!?何でこんな事が起こったのか!?この男を処刑するつもりが、別の男が処刑された!」という事で、王様は「一体何の事か!」という事でよく調べてみると、実はこの忠実なしもべは何ら罪もない無実であって、却ってこの意地の悪かったのが嘘をついて、非常に勤務の態度の悪かった、他にも問題があった召使いだという事が分かってきたのでした。女王様の疑いもきれいに晴れて、王様は本当にこの女王様を更に愛した、という事実が残っています。そういう事が伝えられています。
王様はこの時に、「これは天主の御摂理によって全てそれが起こったのだ。ミサがどれほど偉大であるかという事が分かった。」との事です。
何故ミサはそれほど偉大なのでしょうか?それはミサは、超自然の運河であって、超自然のお恵みの元である、お恵みの泉である、十字架のカルワリオへの門であるからです。カルワリオに行く事ができる為のタイムマシンであって、超自然の玄関であって、そこを通ってカルワリオまで行って、その十字架の犠牲に与る事ができる、超自然の装置であるからです。
ミサに与ると私たちは、2000年前にイエズス様が十字架の上で流されたその御血、その十字架の場所にいるのと全く同じ事がこの身に起こるからです。イエズス様は時を超えて場所を超えて、十字架の上から私たち、2016年7月8日の私たちを御覧になっています、「ミサに来たか。カルワリオのいけにえに来たか。」と私たちの事を御覧になっています。
「さぁ、この十字架の苦しみの中の恵みを全て受け取りなさい。この御血潮の無限の功徳を受け取りなさい。祝福を与えよう。どんなお恵みが欲しいのか。求めよ、祈れ、探せ、全てお前たちに与えよう。」と言って、両手を広げて私たちに全てを与えようとして待っておられます。そのまさにその現場に私たちが行く事ができる装置で、特別の超自然の行いであるからです。装置というのはおかしな言い方ですけれども、その特別な場所であるからです。
ですからヨーロッパのキリスト教文明は全て、十字架のこの祭壇の周りに立てられました。平和はこの十字架のいけにえの下にそこから広がりました。発展と、人々の間の信頼と、その分かち合いと喜びは、このいけにえ十字架から来ました。そこから赦しと祝福と喜びがやって来ました、その上に立てられました。これこそがこの地上において、永遠の命における祝福の元だったのです。
ですから聖エリザベトは、どのような事をしても、どんなに難しい事があっても、「このミサにだけは与りたい。ミサが第一だ。」と思っていました。このしもべもそうでした、「王様の命令をするけれども、ミサの方が好きだ。」
では私たちも、聖エリザベトの御取り次ぎによって、特に日本と関連の深いポルトガルの女王様でしたから、私たちの為にもよくお祈りして下さるに違いありません。私たちがこのミサをますます愛してそれに与る事ができますように。天主様のお恵みによって、この聖伝のミサを、イエズス様のいけにえである十字架のいけにえの再現であるミサを、多くの方々がその価値を理解して、日本中に世界中にこのミサが捧げられますように、お祈り致しましょう。
「天の国は、畑に隠された宝と例えられる。」
聖父の聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。