アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様、
レネー神父様の持ってきてくださったトリノの聖骸布の実物大の複製は、私たちに別な霊的な新しい息吹を与えてくれました。
イエズスの御受難を聖母マリアの目を通して見る。
「あなたについて、私の心はこういった。『主のみ顔をさがせ』と。主よ、私はみ顔を探し求める。み顔をそむけられるな。」(詩編26章8-9節)
「主とそのおん力とを探し求め、つねにみ顔をたずねよ。」(詩編104章4節)
「主が、みいだされたいとおぼしめすあいだに、主を、さがし求めよ。」(イザヤ55章6節)
幼きイエズスの聖テレジアの聖なる御顔への奉献の祈り
Acte de consécration à la Sainte Face, par Sainte Thérèse de l’Enfant-Jésus
O Face adorable de Jésus ! Puisque vous avez daigné choisir particulièrement nos âmes pour vous donner à elles, nous venons vous les consacrer. Il nous semble, ô Jésus, vous entendre nous dire : « Ouvrez-moi, mes sœurs, mes épouses bien-aimées, car ma Face est couverte de rosée, et mes cheveux sont humides des gouttes de la nuit ». Nos âmes comprennent votre langage d'amour; nous voulons essuyer votre doux Visage et vous consoler de l'oubli des méchants. A leurs yeux, vous êtes encore « comme caché... ils vous considèrent comme un objet de mépris ! »
O Visage plus beau que les lys et les roses du printemps, vous n'êtes pas caché à nos yeux ! Les larmes qui voilent votre divin regard nous apparaissent comme des diamants précieux que nous voulons recueillir, afin d'acheter, avec leur valeur infinie, les âmes de nos frères. De votre bouche adorée, nous avons entendu la plainte amoureuse. Comprenant que la soif qui vous consume est une soif d'amour, nous voudrions, pour vous désaltérer, posséder un amour infini !
Epoux bien-aimé de nos âmes ! si nous avions l'amour de tous les cœurs, cet amour serait à vous... Eh bien, donnez-nous cet amour, et venez vous désaltérer en vos petites épouses. Des âmes, Seigneur, il nous faut des âmes ! Surtout des âmes d'apôtres et de martyrs; afin que, par elles, nous embrasions de votre amour la multitude des pauvres pécheurs.
O Face adorable, nous saurons obtenir de vous cette grâce ! Oubliant notre exil, sur les bords des fleuves de Babylone, nous chanterons à vos oreilles les plus douces mélodies. Puisque vous êtes la vraie, l'unique patrie de nos âmes, nos cantiques ne seront pas chantés sur une terre étrangère.
O Face chérie de Jésus ! En attendant le jour éternel, où nous contemplerons votre gloire infinie, notre unique désir est de charmer vos yeux divins, en cachant aussi notre visage, afin qu'ici-bas personne ne puisse nous reconnaître... Votre regard voilé, voilà notre ciel, ô Jésus !
【聖骸布に写る男の人の姿】
この布には死んだ男の人のしるしがついている。
この布は石の上に置かれ、亡くなった人の背面がその上に置かれ、布は頭から上に折られ、体全体を覆った。
顔、胸、腕、両手、両足のしるしが両側についている。
この男の人は重傷を負ってい。
特に両肩に、また両腕や両足にまでも鞭打ちの跡がある。
手首と両足には釘の跡があり、それらの箇所から血が流れた跡がある。
脇腹には刺した槍の跡と多量の血がある。
おでこと後頭部には茨の跡がある。
肩に重量物(十字架)の跡がある。
鼻の近くの頬に殴られたあとがある。(聖ヨハネがこれについて記録している。大祭司の部下が私たちの主イエズスキリストの顔を強く打った、と。)
これらすべての傷が一緒にあるというのは大変稀。
【十字架に掛けられた人】
通常奴隷が死刑になったときは、その前に鞭打ちは行なわれなかった。
行なわれたのは鞭打ち刑か十字架刑のどちらかであって、両方行なわれたのは稀。
茨の冠は例外的。
十字架刑になった人は通常両足を折られた。(十字架刑を受けて両足を折られた人の骨が何例か発見されている。)
悪い奴隷の罰として、普通遺体は十字架刑の後、そのまま穴に投げ入れられた。
【イエズス・キリストだけがこの聖骸布に写っている男と一致する】
キリストの場合、ピラトが鞭打ちを行なわせたのは、十字架刑を免れさせるため。
ピラトはファリザイ人達の憎しみを満足させようとして、そのためには鞭打ちで十分だろうと思った。しかしファリザイ人達は更にイエズスの死を求めた。
ローマ時代においてキリスト以外の茨の冠を被らせられた例はない。
キリストの両足は折られず、代わりに脇腹に槍が刺された。
キリストは、高価な布に包まれて丁寧に埋葬された。
これら全部の傷に該当する例は、私たちの主イエズス・キリストを除いて、他に歴史上に知られた例がない。
【見ることのできないもの・無いもの】
1)絵筆や塗料の跡が無い。まったく見つけることができない。
(聖骸布は「人の手に依らぬイコン(像)」と呼ばれたイコンによく合致する。このイコンはエデッサに存在していた。)
2)聖骸布には腐敗の跡が無い。
(通常死者の骨があれば、その周りの肉や布は完全に腐敗している筈。骨がなく、布には腐敗がなく、布に置かれた体にも腐敗の跡がない。)
3)体なしの布。その布は体から完全に外されている。
(エジプトのミイラの場合、体にしっかりと巻かれていたため布を剥がすことはほとんど不可能。)
4)血の跡の箇所は全て正確に残っている。しかし血の塊にも、布にも、肉にも、全く剥がれた跡がない。
(このことは復活によってのみ説明が付く。体にこれほど多くの深い傷があり、釘の跡や胸にあいた穴のような相当大きな血の跡がこれほど多くあるので、このような傷に包帯を巻いたとしたら、三日後にその包帯を取るとしても何も剥がさずに取ることはできない。全く不可能。)
5)この体はこの布の中に三日間以上はなかった。三日経つと腐敗が始まり、死後硬直がなくなる。しかし、腐敗の跡がない。
6)体はこの布の中に三日間以上はなかった。
(首は、後ろ側が伸びた状態になっており、前側ではほとんど見えない。十字架に付けられた人は息を引き取った時に首を前に倒し、そのあと体が仰向けに置かれても、死後硬直によってその首は上がったまま。腐敗が始まって死後硬直がなくなったとしたら、首は石の上に倒れかかった筈。しかし聖骸布ではそうではない。死後硬直のままの状態。埋葬の三日後に、この体から何も剥がさずに布を取り去ることはできない。
以上を説明できるのは復活しかない。
【聖福音が語る私たちの主イエズス・キリストの埋葬の布】
ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語、サンスクリットに共通の語源がある。
この単語は、通常「高価な素材から作られたきめ細かな布」を指す。
聖マテオの福音:「屍をうけとったヨゼフは、それを清い(=汚れていない)覆布でつつみ(マテオ27章59節)」と。
聖マルコは「ヨゼフは亜麻布を買い、イエズスを十字架からおろし、亜麻布でつつみ、岩にほった墓におさめた。(マルコ15章46節)」と。
復活後にその布についている印は全て、その布の中にあったキリストの埋葬された体による印であった、ということを間接的に示している。
【「人の手に依らぬイコン(像)」という名前それ自体】
歴史によるとエデッサには「人の手に依らぬイコン(像)」があった。
【他のイコンに大きな影響を与えた】
その「人の手に依らぬイコン(像)」を真似して多くのイコンが模写された。模写されたのイコン(像)には、とても大きな目のような、奇妙な特徴がある。
イコン(像)を描いた画家たちが、写真のネガティブの効果、つまり聖骸布の陰陽の反転を理解できなかったから。
【像を中心にするために聖骸布の片側に付け足された布】
現在の聖骸布の一番下の隅二箇所に長方形が二つ欠けている。
全体にわたって長い継ぎ目もある。
聖骸布の折り目はこの継ぎ布を加えた新しい幅に合わせてある。
この継ぎ布は、後の時代のどの折り目よりも前から存在した。
その布なしでは、顔が中心にならない。
この布が加えられることによって、顔がちょうど聖骸布の左右の中央になる。
大きなキャンバスの上に像を左右不対称に描いておいて、その像を再び左右対称にするためにキャンバスの一部を追加するような絵描きがいるだろうか?
上下についても言える。布は足の端から数センチ先まで伸びている。ところが、つま先の爪は布でカバーされていない。
中心から少し外れているということは、聖骸布が偽物ではないことを証明する。
【聖骸布から発見された、エデッサ地域からの花粉の存在】
【1898年:初めての写真】
1898年、アマチュアの写真家セコンド・ピアが聖骸布の写真を撮った。その写真のネガによって初めてキリストの顔が再び「見える」ようになった。
フランスの科学アカデミーの会員で不可知論者のイヴ・デュラージュ医師は聖骸布を分析したが、解剖学的な間違いはなかった。
デュラージュ医師は聖骸布に関する論文をパリの科学アカデミーに提出し、その中で聖骸布が医学的、科学的に説得力のあるものであること、聖骸布は本当にキリストの体を覆ったものである意見を述べた。
解剖学的な間違いなく、写真が発明される500年以上も前に、ネガによってのみ見られる像をいかに偽造することができただろうか?
聖骸布には前と後ろの二つの像がある。両方の寸法は一致する。(これを絵描きや偽造者が実現するのは非常に困難。)
【STURP:1978年】
1)アメリカの科学者達による STURP (“Shroud of Turin Research Project”—トリノ聖骸布研究プロジェクト)は、星を研究する方法(分光法)で聖骸布を研究した。結論:「聖骸布の像が、鞭打ちを受け十字架に付けられた男の本当の人間の形の像であると、今の段階では結論する。これは画家の作品ではない。血のしみはヘモグロビンからなっており、血清アルブミンテストも陽性である。」
2)火星の山のレリーフに用いて成功した三次元技術を使い、聖骸布について分析したが、地上の他のどの像よりも極めて良好な結果を得た。
3)繊維の専門家によると、聖骸布の縫い目は死海の近くのマサダ城塞で発見され1世紀のものとされる織物に合致する。ツイル(三つ綾)と呼ばれる織り方は、1世紀のシリアのデザインと合致している。「トリノの聖骸布の亜麻布については、それが1世紀の織物師による高級な製品からなるということを示す。」
聖骸布の漂白は不均一。聖骸布の漂白は古代の方法であり、8世紀以前のものである。(8世紀以前は、少量の液を使い、織る前に糸を漂白した。糸は均一に漂白されず、糸によって他の糸より色が濃くなる。8世紀以降の新しい方法では、布全体が一度に漂白されるので、均一に漂白される。)
愛する兄弟姉妹の皆様、
レネー神父様の持ってきてくださったトリノの聖骸布の実物大の複製は、私たちに別な霊的な新しい息吹を与えてくれました。
イエズスの御受難を聖母マリアの目を通して見る。
「あなたについて、私の心はこういった。『主のみ顔をさがせ』と。主よ、私はみ顔を探し求める。み顔をそむけられるな。」(詩編26章8-9節)
「主とそのおん力とを探し求め、つねにみ顔をたずねよ。」(詩編104章4節)
「主が、みいだされたいとおぼしめすあいだに、主を、さがし求めよ。」(イザヤ55章6節)
幼きイエズスの聖テレジアの聖なる御顔への奉献の祈り
Acte de consécration à la Sainte Face, par Sainte Thérèse de l’Enfant-Jésus
O Face adorable de Jésus ! Puisque vous avez daigné choisir particulièrement nos âmes pour vous donner à elles, nous venons vous les consacrer. Il nous semble, ô Jésus, vous entendre nous dire : « Ouvrez-moi, mes sœurs, mes épouses bien-aimées, car ma Face est couverte de rosée, et mes cheveux sont humides des gouttes de la nuit ». Nos âmes comprennent votre langage d'amour; nous voulons essuyer votre doux Visage et vous consoler de l'oubli des méchants. A leurs yeux, vous êtes encore « comme caché... ils vous considèrent comme un objet de mépris ! »
O Visage plus beau que les lys et les roses du printemps, vous n'êtes pas caché à nos yeux ! Les larmes qui voilent votre divin regard nous apparaissent comme des diamants précieux que nous voulons recueillir, afin d'acheter, avec leur valeur infinie, les âmes de nos frères. De votre bouche adorée, nous avons entendu la plainte amoureuse. Comprenant que la soif qui vous consume est une soif d'amour, nous voudrions, pour vous désaltérer, posséder un amour infini !
Epoux bien-aimé de nos âmes ! si nous avions l'amour de tous les cœurs, cet amour serait à vous... Eh bien, donnez-nous cet amour, et venez vous désaltérer en vos petites épouses. Des âmes, Seigneur, il nous faut des âmes ! Surtout des âmes d'apôtres et de martyrs; afin que, par elles, nous embrasions de votre amour la multitude des pauvres pécheurs.
O Face adorable, nous saurons obtenir de vous cette grâce ! Oubliant notre exil, sur les bords des fleuves de Babylone, nous chanterons à vos oreilles les plus douces mélodies. Puisque vous êtes la vraie, l'unique patrie de nos âmes, nos cantiques ne seront pas chantés sur une terre étrangère.
O Face chérie de Jésus ! En attendant le jour éternel, où nous contemplerons votre gloire infinie, notre unique désir est de charmer vos yeux divins, en cachant aussi notre visage, afin qu'ici-bas personne ne puisse nous reconnaître... Votre regard voilé, voilà notre ciel, ô Jésus !
【聖骸布に写る男の人の姿】
この布には死んだ男の人のしるしがついている。
この布は石の上に置かれ、亡くなった人の背面がその上に置かれ、布は頭から上に折られ、体全体を覆った。
顔、胸、腕、両手、両足のしるしが両側についている。
この男の人は重傷を負ってい。
特に両肩に、また両腕や両足にまでも鞭打ちの跡がある。
手首と両足には釘の跡があり、それらの箇所から血が流れた跡がある。
脇腹には刺した槍の跡と多量の血がある。
おでこと後頭部には茨の跡がある。
肩に重量物(十字架)の跡がある。
鼻の近くの頬に殴られたあとがある。(聖ヨハネがこれについて記録している。大祭司の部下が私たちの主イエズスキリストの顔を強く打った、と。)
これらすべての傷が一緒にあるというのは大変稀。
【十字架に掛けられた人】
通常奴隷が死刑になったときは、その前に鞭打ちは行なわれなかった。
行なわれたのは鞭打ち刑か十字架刑のどちらかであって、両方行なわれたのは稀。
茨の冠は例外的。
十字架刑になった人は通常両足を折られた。(十字架刑を受けて両足を折られた人の骨が何例か発見されている。)
悪い奴隷の罰として、普通遺体は十字架刑の後、そのまま穴に投げ入れられた。
【イエズス・キリストだけがこの聖骸布に写っている男と一致する】
キリストの場合、ピラトが鞭打ちを行なわせたのは、十字架刑を免れさせるため。
ピラトはファリザイ人達の憎しみを満足させようとして、そのためには鞭打ちで十分だろうと思った。しかしファリザイ人達は更にイエズスの死を求めた。
ローマ時代においてキリスト以外の茨の冠を被らせられた例はない。
キリストの両足は折られず、代わりに脇腹に槍が刺された。
キリストは、高価な布に包まれて丁寧に埋葬された。
これら全部の傷に該当する例は、私たちの主イエズス・キリストを除いて、他に歴史上に知られた例がない。
【見ることのできないもの・無いもの】
1)絵筆や塗料の跡が無い。まったく見つけることができない。
(聖骸布は「人の手に依らぬイコン(像)」と呼ばれたイコンによく合致する。このイコンはエデッサに存在していた。)
2)聖骸布には腐敗の跡が無い。
(通常死者の骨があれば、その周りの肉や布は完全に腐敗している筈。骨がなく、布には腐敗がなく、布に置かれた体にも腐敗の跡がない。)
3)体なしの布。その布は体から完全に外されている。
(エジプトのミイラの場合、体にしっかりと巻かれていたため布を剥がすことはほとんど不可能。)
4)血の跡の箇所は全て正確に残っている。しかし血の塊にも、布にも、肉にも、全く剥がれた跡がない。
(このことは復活によってのみ説明が付く。体にこれほど多くの深い傷があり、釘の跡や胸にあいた穴のような相当大きな血の跡がこれほど多くあるので、このような傷に包帯を巻いたとしたら、三日後にその包帯を取るとしても何も剥がさずに取ることはできない。全く不可能。)
5)この体はこの布の中に三日間以上はなかった。三日経つと腐敗が始まり、死後硬直がなくなる。しかし、腐敗の跡がない。
6)体はこの布の中に三日間以上はなかった。
(首は、後ろ側が伸びた状態になっており、前側ではほとんど見えない。十字架に付けられた人は息を引き取った時に首を前に倒し、そのあと体が仰向けに置かれても、死後硬直によってその首は上がったまま。腐敗が始まって死後硬直がなくなったとしたら、首は石の上に倒れかかった筈。しかし聖骸布ではそうではない。死後硬直のままの状態。埋葬の三日後に、この体から何も剥がさずに布を取り去ることはできない。
以上を説明できるのは復活しかない。
【聖福音が語る私たちの主イエズス・キリストの埋葬の布】
ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語、サンスクリットに共通の語源がある。
この単語は、通常「高価な素材から作られたきめ細かな布」を指す。
聖マテオの福音:「屍をうけとったヨゼフは、それを清い(=汚れていない)覆布でつつみ(マテオ27章59節)」と。
聖マルコは「ヨゼフは亜麻布を買い、イエズスを十字架からおろし、亜麻布でつつみ、岩にほった墓におさめた。(マルコ15章46節)」と。
復活後にその布についている印は全て、その布の中にあったキリストの埋葬された体による印であった、ということを間接的に示している。
【「人の手に依らぬイコン(像)」という名前それ自体】
歴史によるとエデッサには「人の手に依らぬイコン(像)」があった。
【他のイコンに大きな影響を与えた】
その「人の手に依らぬイコン(像)」を真似して多くのイコンが模写された。模写されたのイコン(像)には、とても大きな目のような、奇妙な特徴がある。
イコン(像)を描いた画家たちが、写真のネガティブの効果、つまり聖骸布の陰陽の反転を理解できなかったから。
【像を中心にするために聖骸布の片側に付け足された布】
現在の聖骸布の一番下の隅二箇所に長方形が二つ欠けている。
全体にわたって長い継ぎ目もある。
聖骸布の折り目はこの継ぎ布を加えた新しい幅に合わせてある。
この継ぎ布は、後の時代のどの折り目よりも前から存在した。
その布なしでは、顔が中心にならない。
この布が加えられることによって、顔がちょうど聖骸布の左右の中央になる。
大きなキャンバスの上に像を左右不対称に描いておいて、その像を再び左右対称にするためにキャンバスの一部を追加するような絵描きがいるだろうか?
上下についても言える。布は足の端から数センチ先まで伸びている。ところが、つま先の爪は布でカバーされていない。
中心から少し外れているということは、聖骸布が偽物ではないことを証明する。
【聖骸布から発見された、エデッサ地域からの花粉の存在】
【1898年:初めての写真】
1898年、アマチュアの写真家セコンド・ピアが聖骸布の写真を撮った。その写真のネガによって初めてキリストの顔が再び「見える」ようになった。
フランスの科学アカデミーの会員で不可知論者のイヴ・デュラージュ医師は聖骸布を分析したが、解剖学的な間違いはなかった。
デュラージュ医師は聖骸布に関する論文をパリの科学アカデミーに提出し、その中で聖骸布が医学的、科学的に説得力のあるものであること、聖骸布は本当にキリストの体を覆ったものである意見を述べた。
解剖学的な間違いなく、写真が発明される500年以上も前に、ネガによってのみ見られる像をいかに偽造することができただろうか?
聖骸布には前と後ろの二つの像がある。両方の寸法は一致する。(これを絵描きや偽造者が実現するのは非常に困難。)
【STURP:1978年】
1)アメリカの科学者達による STURP (“Shroud of Turin Research Project”—トリノ聖骸布研究プロジェクト)は、星を研究する方法(分光法)で聖骸布を研究した。結論:「聖骸布の像が、鞭打ちを受け十字架に付けられた男の本当の人間の形の像であると、今の段階では結論する。これは画家の作品ではない。血のしみはヘモグロビンからなっており、血清アルブミンテストも陽性である。」
2)火星の山のレリーフに用いて成功した三次元技術を使い、聖骸布について分析したが、地上の他のどの像よりも極めて良好な結果を得た。
3)繊維の専門家によると、聖骸布の縫い目は死海の近くのマサダ城塞で発見され1世紀のものとされる織物に合致する。ツイル(三つ綾)と呼ばれる織り方は、1世紀のシリアのデザインと合致している。「トリノの聖骸布の亜麻布については、それが1世紀の織物師による高級な製品からなるということを示す。」
聖骸布の漂白は不均一。聖骸布の漂白は古代の方法であり、8世紀以前のものである。(8世紀以前は、少量の液を使い、織る前に糸を漂白した。糸は均一に漂白されず、糸によって他の糸より色が濃くなる。8世紀以降の新しい方法では、布全体が一度に漂白されるので、均一に漂白される。)