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Channel: Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた
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「天主のみ旨は、あなたたちが聖となることにある」:聖ピオ十世会司祭 ワリエ神父様

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四旬節第二主日の説教 
聖ピオ十世会司祭 ブノワ・ワリエ神父様

「天主のみ旨は、あなたたちが聖となることにある」(テサロニケ前書4章3節)
これは、本日の書簡にある聖パウロの言葉です。
私たちは聖人になることを望まなければなりません。

第一に、恩寵の必要性について考えてみましょう。
主は、「私がいないと、あなたたちには何一つできぬ」(ヨハネ15章5節)と言われ、それに加えて「あなたたちが私を選んだのではなく、私があなたたちを選んだ」(ヨハネ15章16節)と言われました。これは、恩寵が何よりも優先することを示しています。
エフェゾ人への書簡において、聖パウロは「天主は、罪のために死んでいた私たちでさえも愛してくださった」(エフェゾ2章5節)と言っています。
また、フィリッピ人に対して「恐れおののいて自分の救いをまっとうせよ。あなたたちの中で、望ませ、行わせ、み旨のままになさるのは天主である」(フィリッピ2章12-13節)と言っています。
ですから、救いのためには恩寵が絶対に必要です。

でも、私たちは、どのようにすれば恩寵を得るようになるのでしょうか? 祈ることが必要です。
トレント公会議は、こう宣言しました。「天主は不可能なことを命令しない。天主はあなたができることを行い、できないことは乞い求めるようにと勧め、あなたができるように助ける」(デンツィンガー1536)。
また、さらに「天主は誰にも負うべきものがないため、われわれの願いを達成するために必要な手段として天主が祈りを制定したからには、われわれは必要とするそれらのものを、祈りによって天主に乞い求めなければならない」と言っています。
例えば、自分の身分の義務を果たし、誘惑に打ち勝つ剛毅の恩寵を得るために、私たちは祈らなければなりません。

第三に、祈りの精神です。
「うまずたゆまず祈れ」(ルカ18章1節)と、主は聖ルカ福音書の中で言われます。
祈りは呼吸のようなものです。祈りを続け、それをやめてはなりません。生き続けるための、すなわち大罪を犯さないための唯一の方法は、祈りです。それが天主のご計画です。私たちは祈らなければなりません。もっと祈らなければなりません。ひざまずいて、忍耐強く祈らなければなりません。
私たちは祈らなければなりませんが、これは単に声に出して祈りを唱えるのではありません。
私たちには祈りの精神が必要です。本日の入祭誦において、私たちは次の言葉を聞いたところです。「御身にわが霊魂を上げ奉る」。
私たちは、「霊と真理をもって」(ヨハネ4章23節)祈らなければなりません。トレント公会議は、「祈りが内的な強い熱意を持った霊魂から出るように祈る」と言っています。
ちょうどタボル山の主のようです。「主は祈ろうと山に登られた」(ルカ9章28節)と聖ルカは言います。

これをまとめていうならば、聖パウロの「天主のみ旨は、あなたたちが聖となることにある」という言葉を思い起こしましょう。
聖人になるために私たちには恩寵が必要であり、私たちが恩寵を得る唯一の方法は祈りです。
私たちの良き御母が、地上では天主の恩寵を、天国では天主の永遠の至福直観を獲得するため、どのように祈り、どのように祈りの精神を獲得するかを教えてくださいますように。アーメン。


【英語原文】

“This is the will of God : your sanctification”. These are the words of Saint Paul in today's Epistle.
We must want to become saints.

Let us 1st consider the necessity of grace.
The Lord said: “Without Me you can do nothing” and He added: “You have not chosen me; I have chosen you”. This shows the primacy of grace.
In his Epistle to the Ephesians, St Paul says: “God has loved us even we were dead that reason of our sins”.
And to the Philippians: “Work out your salvation with fear and trembling, for it is God who, of his good pleasure, works in you both the will and the performance”.
So, grace is absolutely necessary for salvation.

But how are we going to obtain grace? We need to pray.
The Council of Trent has declared: “God does not command the impossible; He warns you to do what you can, and to ask what you cannot; and He helps so that you can”.
And further: “Since God owes nothing to anyone, we must ask Him in prayer those things we need, seeing that He has constituted prayer as a necessary means for the accomplishments of our desires”.
For instance, in order to obtain the grace of strength to do our duty of state, to overcome temptations, we need to pray.

Thirdly, the spirit of prayer.
"We ought to pray always" says Our Lord in St. Luke's Gospel.
Prayer is like breathing: it must be continued and remain uninterrupted. The only way to remain alive, that is not to sin mortally, is prayer. That's God's plan. We have to pray. To pray more. To pray on our knees, with perseverance.
We must pray, that is, we must not just recite prayers.
We need the spirit of prayer. In the Introit, we have heard these words sung: To Thee have I lifted up my soul".
We must pray "in spirit and in truth". The Council of Trent says: "He prays in this manner whose prayer proceeds from an interior and intense ardour of soul".
Just like Our Lord on Mount Tabor. "He went up the mountain to pray", St. Luke says.

To sum up, let us remember the words of Saint Paul: "This is the will of God: for sanctification".
We need grace to become saints and the only way for us to obtain grace is prayer.
May our good Mother teach us how to pray and obtain the spirit, so as to obtain God's grace on earth and the everlasting vision of God in heaven. Amen.

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