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ミサの聖なる犠牲についての黙想 (Youtubeの日本語)

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アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、
 こんにちは!お元気でいらっしゃいますか。

 最近、興味深いビデオを紹介してくださった方がいて、そのビデオの登場人物は毎日メルマガを発行している方のようですが、その人の説明によると、私の理解が正しければ、メルマガとかブログなどを書くために難しく考えなくても良い、とにかく頻繁に書けば良いのだ、という話をしていました。これを聞いて、非常に嬉しく、その通りだ、と思いました。そこで、思い通りに好きなことを頻繁に書いていく気持ちがわいてきたように思いました。

 さて、今日は、ルフェーブル大司教様が4名のカトリック司教様たちを聖別して26周年の日です。昨年のこの日、聖ピオ十世会総長のフェレー司教様が「司教聖別二十五周年に際しての宣言」を発表しました。その日本語訳はここに掲載されています。

 今から26年前の1988年、私は聖ピオ十世会の神学生で、フラヴィニーに学んでいました。毎年のように司祭叙階式にはフラヴィニーから貸し切りバスでエコンに行き、叙階式に参加するのですが、1988年もその通りでした。その歴史的な瞬間に居合わせることが出来たことは本当にお恵みであったと思っています。

 1988年、全世界は聖伝のミサについて誤解していました。カトリック教会の高位聖職者でさえ、本当のことを知りませんでした。聖ピオ五世の荘厳な宣言、聖伝のミサはどの司祭でも捧げる義務と権利があることは、全く忘れ去れていました。

 カトリック教会は、司教聖別の20年後の2007年、ようやく、教皇様の口を通して本当のことをポロリと告白しました。「決して廃止されたことのないローマ・ミサ典礼」を私たち全てが守らなければならない、と。
「このミサ典礼書が法的な意味で廃止されたことは決してありません。したがって、このミサ典礼書は原則的にはつねに認められてきたということです。」
「過去の人々にとって神聖だったものは、わたしたちにとっても神聖であり、偉大なものであり続けます。それが突然すべて禁じられることも、さらには有害なものと考えられることもありえません。わたしたちは皆、教会の信仰と祈りの中で成長してきた富を守り、それにふさわしい場を与えなければなりません。」

 今、2014年現在、世界の各地で聖伝のミサがまだ捧げられているのは、天主のお恵みによって、私たちにルフェーブル大司教様が与えられ、聖伝による司祭叙階が続くように司教聖別があったからです。

 天主様に感謝!ルフェーブル大司教様に感謝します。

 さて、秋田でクチュール神父様が見せてくださった、ミサについての動画 " A Meditation on the Holy Sacrifice of the Mass ──ミサの聖なる犠牲についての黙想" のコメント部分の日本語訳をご紹介します。天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)




 A Meditation on the Holy Sacrifice of the Mass ──ミサの聖なる犠牲についての黙想


The Mass is the Sacrifice of the Body and Blood of Jesus Christ offered on our altars under the appearances of bread and wine, in commemoration of the Sacrifice of the Cross.
ミサは十字架の犠牲を記念して、パンとぶどう酒の外観のもと、祭壇上で捧げられるイエズス・キリストのおん体とおん血の生贄です。

Transport youself to Calvary.
Keep your mind focused on the mystery that is unfolding before your eyes.
─Padre Pio
自分自身をカルワリオの丘へと運ばせなさい。
目の前であらわにされる神秘に、あなたの心を集中させておくのです。
─ピオ神父


A Meditation on the Holy Sacrifice of the Mass
ミサの聖なる犠牲についての黙想

†††

Thanks be to God.
天主様に感謝致します。

Death was the supreme moment for which Christ lived.
死は、キリストがそのために生きた最も崇高な瞬間でした。

It was the one thing He wished us to remenber.
この死こそ、私たちが記憶にとどめておくよう、彼が望まれたことでした。

Christ does not renew Calvary in His phsical body,
but He renews it in His Mystical Body──the Church.
キリストはご自身の肉体においてカルワリオの犠牲を繰り返されませんが、
ご自分の神秘体──教会において、それを新たに繰り返されます。

In order that our sacrifices, our sorrows, our Golgothas, our cucifixions, may not be isolated, disjointed, and unconnected……
私たちの犠牲、私たちの悲しみ、私たちのゴルゴダ、私たちのはりつけが、孤立し、ばらばらで、つながりのないものにならないために……

……the Church collects them, harvests them, unifies them, coalesces them, masses them.
……教会はこれらを集め、刈り取り、結びつけ、つなぎ合わせ、一つにさせるのです。

And this massing of all our sacrifices is united with the Great Sacrifice of Christ on the Cross in the Mass.
そして、私たちすべての犠牲を一つにすることは、ミサにおける十字架上のキリストの偉大な犠牲に一体化することです。

Such is the purpose of life.
人生の目的とはこういうものなのです。

聖伝のミサ(いわゆる「トリエント・ミサ」と呼ばれているローマ式典礼様式のミサ)にようこそ!

ローマ・カトリックの聖伝のミサ vs エキュメニカルな新しいミサ(第二バチカン公会議のミサ)




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