Quantcast
Channel: Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた
Viewing all articles
Browse latest Browse all 4247

聖母の汚れなき霊魂の愛はあまりにも強く、もはや霊魂を体に留めておく事ができないほど、天上の事を慕い求めておられた

$
0
0

栄えの玄義第4玄義黙想 
2020年8月1日(土)御聖体降福式にて
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父

『栄えの玄義 第4玄義:この一連を捧げて、聖母の被昇天を黙想し、その御取次ぎによりて、善き終わりを遂ぐる恵みを乞い願わん。』

マリア様からのお求めに従って、ロザリオの玄義の1つを、15分間黙想致しましょう。8月は聖母の被昇天をお祝いしますので、栄えの玄義の第4、「聖母の被昇天」を黙想致しましょう。

主の御復活と御昇天の後に、使徒聖ヨハネの元に引き取られた天主の御母、聖母マリア様。マリア様の想いはいつも、イエズス・キリスト、イエズス・キリストの贖いの業を黙想する事、その聖心の愛を黙想する事でした。

マリア様の汚れなき御心も、イエズス様の聖心の愛を黙想すればするほど、ますます愛に燃え上がり、地上の事はますます遠くに、天上の事をますます熱心に乞い求めるばかりでした。

汚れなき御心の、汚れなきマリア様の御体が弱っていったというよりは、その御体の力が尽きたというよりはむしろ、マリア様の汚れなき霊魂の愛があまりにも強く、もはやその霊魂は体に留めておく事ができないほど、天上の事を慕い求めておられました。

私の霊魂の中に燃える火は、チョロチョロと、風が吹けばあっという間に消え去ってしまうような、風前の灯のような、弱々しい、くすぶったものでしかありません。

聖アウグスティヌス、聖ドミニコ、アシジの聖フランシスコ、聖イグナチオ、あるいは日本の殉教者、あるいは諸聖人、多くの諸聖人たちの轟々とする大きな燃える炎を見ると、全く何でもないかのように、消えつつある炎であるかのように、燃えています。

しかしその諸聖人たちの愛の炎も、マリア様の愛の炎と比べると、比較もできないほど小さく、弱々しく見えてしまいます。


聖母のなす一言の言葉、あるいはなさる息、あるいはその見る視線、その心臓の鼓動、それは全て、イエズス様の為にのみ捧げられて、行なわれていました。

「仰せの如く、我になれかし。御旨が行なわれん事を。」それだけがマリア様の願いでした。

イエズス・キリストの御旨は、マリア様が天の最も高い所に上げられ、体の腐敗を見る事なく、汚れなく守られ、傷なく、美しく、天に上げられる事でした。

イエズス様は、罪無きマリア様の捧げられた全ての苦しみ、イエズス様と一緒に贖いの業をなさったその功徳、マリア様のその従順、ご謙遜、全て感謝し、マリア様に最も相応しい報いと褒美を、栄誉を御与えしようと思われます。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 4247

Trending Articles