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Channel: Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた
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聖母の汚れなき御心への奉献更新のため:エルサレムの神殿に於ける聖マリア

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十 四 日 エルサレムの神殿に於ける聖マリア

天主の家にて天主に仕(つか)えしなり。  (集会書二四。一四)

これは聖マリアの御年十五歳の頃までの御生活を云いあらわした言葉である此処(ここ)に天主の家と云うのは、勿論(もちろん)エルザレムの聖(せい)殿(でん)であるが、そこに数多(あまた)の少女達が預(あず)けられ育てられて、天主に奉仕するのは、古来(こらい)イスラエルの習慣(しゅうかん)であった。
 聖マリアも三歳の時、此の神殿に於(お)いて天主に献(ささ)げられ給うた。これは誠(まこと)に意味深い事であったが、当時それと悟(さと)る者は恐らく一人(ひとり)もなかったであろう。
 聖マリアは他の少女達と同じく育てられて、祈り働き且(か)つ学(まな)び給うた。然し普通の人と異(こと)なり、救い主に関する予言が、間もなく成就(じょうじゅ)すると聞かれた時には深い喜びを覚えられ、目に救い主を仰ぎ、耳にそのお言葉を聞き、その御傍(おそば)近く仕(つか)え奉る事が出来れば無上の幸福とまで思われたという。
 もとより其の頃は、御自身が救い主の御母と選ばれ給うた事など少しも御存知なく、日毎、聖寵(せいちょう)と共に働き、その聖心(みこころ)を益々麗(うるわ)しき天主の御住居(おすまい)とせられつゝ、只、一心に救い主の御降誕(おこうたん)を待(ま)ち望(のぞ)んでおいでになったのである。
 かように聖マリアは知らず知らず立派な心の準備をされたのであるから、後に大天使ガブリエルが「めでたし、聖寵(せいちょう)充満(みちみ)てるマリア」と申し上げたのも尤(もっと)もな次第である。
 我等も洗礼を受けて成(せい)聖(せい)の聖寵(せいちょう)を蒙(こうむ)って以来、その霊魂(れいこん)は畏(かしこ)くも天主の御住居(おすまい)となった。それは聖パウロが「汝等はその身が神の聖(せい)殿(でん)なる事、叉、神の霊、汝(なんじ)等(ら)の中に住み給う事を知らざるか」と云われた通りである。
 然し我々は果たして洗礼や初(はつ)聖体を受けた当時の純潔(じゅんけつ)を、その儘(まま)、保(たも)っているであろうか?と云うのは、人は長(ちょう)ずるに従い悪(あく)慾(よく)が芽生(めば)え、それにつけ込んで悪魔(あくま)が心に忍び入り、遂に聖霊(せいれい)を追い出して己の住所(すみか)とする事が屡々(しばしば)あるからである。故(ゆえ)に我々は常に神の聖(せい)殿(でん)たる自覚(じかく)を失わず、反省の箒(ほうき)で心の塵(ちり)を掃(は)き清め、敬(けい)虔(けん)を以て主に仕え奉らねばならぬ。それと同時に、親たる人々の心がくべきは、愛するわが子の純潔(じゅんけつ)な魂の聖殿に、悪魔の忍び込まぬよう、よく注意警戒する事である。信者の子供は天主の為に、天国の為に育てる筈(はず)である。  
されば唯(ただ)、体育、知育(ちいく)を果たすを以て足(た)れりとせず、霊魂(れいこん)の教育を重(おも)んずるのが親たる者の第一の義務ではないか。
 その為には子供の愛に溺れず、その欠点を矯(た)め、その犠牲的精神を涵(やし)養(な)い、その意志を強固(きょうこ)に育(そだ)て上(あ)げねばならぬ。子供の教育に就いて何より安全な道は聖会の方針に従う事である。そうすれば聖会は自然の子を洗礼に依(よ)って天主の子とし、親と共に天国に導くであろう。
 但し親は子に対して善(よ)き模範(もはん)を示す為に、宗教の務(つと)めを率先(そっせん)してよく果たし、また天主の事を教え、祈りを習(なら)わせ、常に聖堂に伴(ともな)って行く事が必要である。もしこの実行を妨(さまた)げる様々の誘惑(いざない)が起こるようならば、篤(とく)と熟考(じゅっこう)して見なければならぬ。真実(しんじつ)に子を愛し、その真(まこと)の幸福を請(こ)い願う人なら、どんな支障(ししょう)にも打ち勝てる筈(はず)である。まして子を敬虔(けいけん)な人物に仕立てるのに、自分の時間を惜しむような私情(しじょう)に打ち負かされる事はあるまい。
 我等は少女時代の聖マリアに倣(なら)い、まづ己(おのれ)を天主の聖(せい)殿(でん)とする為に努(つと)めよう。そして自(みずか)ら範(はん)を示して子供をも善(ぜん)に導き、一家を挙(あ)げて天主の聖(せい)殿(でん)としよう。そうすれば聖マリアは喜んで我等と共に住み、豊かな御祝福(ごしゅくふく)を下し給うに相違(そうい)ないのである。

   祈   願

 あゝ聖マリアよ、御身が聖(せい)殿(でん)にて捧げ給いし熱心と愛とを、我等の心にも移し給え。我等は弱き者なれども、自(みずか)ら先(せん)達(だつ)となり、子供等を御身の許(もと)に導き、共に天主の聖(せい)殿(でん)たるに恥(はじ)ざる者となるよう力(ちから)を尽(つく)さんと決心し、その為、御身の御扶助(おんたすけ)を恭(うやうや)しく天使祝詞(しゅくし)三度繰(く)り返して願い奉る。

(天使祝詞 三度)




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