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Channel: Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた
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来たる灰の水曜日(2月22日)と天皇誕生日(2月23日)には、北海道青少年会館 Compass での聖伝のミサに愛する兄弟姉妹の皆様をご招待いたします。

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アヴェ・マリア・インマクラータ!

カトリック札幌司教区におられる愛する兄弟姉妹の皆様、

来たる灰の水曜日(2月22日)とその翌日の天皇誕生日(2月23日)には、北海道青少年会館 Compass 会議室1にて、聖伝のミサが行われます。

愛する兄弟姉妹の皆様をご招待いたします。予約は必要ありません。どなたでも自由にご参加できます。
https://hs-compass.com/

2月22日(灰の水曜日)18:00より灰の儀式およびミサ聖祭
2月23日(灰の水曜日の後の木曜日)10:00よりミサ聖祭

【聖ピオ十世会とは】

聖ピオ十世会、SSPX (the Society of Saint Pius X)とは、1970年11月1日にスイスのフリブール教区においてローマ・カトリック教会の教会法に従って創立されたカトリック教会の修道会の一つです。創立以来、カトリック信者の要請に応える形で、全世界での使徒活動をますます拡大しています。

* 教皇フランシスコは聖ピオ十世会の司祭たちに適法に使徒職を果たす権能をお与えになっています。教皇は書簡「ミゼリコルディア・エト・ミゼラ」で、聖ピオ十世会の司祭たちが世界中ですべての信者のために告白の秘蹟を行う権限を持つと宣言されました。さらに教皇は聖ピオ十世会の婚姻の秘蹟が有効に執行するように全世界の司教たちに彼らの協力をお求めになられました。

* 聖ピオ十世会の司祭は、ラテン語でカトリック聖伝のミサ(Traditional Latin Mass)を捧げています。ミサの典文(Canon)の中では、教皇フランシスコの名前と当地の教区長の名前(札幌司教区ではベルナルド勝谷太治司教)を唱えます。教皇ベネディクト十六世は自発教書「スンモールム・ポンティフィクム」の中で、全てのカトリック司祭は聖伝のミサを捧げる権利を有していると宣言されました。何故なら、聖伝のミサは一度も廃止されたことがないからです。

「過去の人々にとって神聖だったものは、わたしたちにとっても神聖であり、偉大なものであり続けます。それが突然すべて禁じられることも、さらには有害なものと考えられることもありえません。わたしたちは皆、教会の信仰と祈りの中で成長してきた富を守り、それにふさわしい場を与えなければなりません。」(ベネディクト十六世)

* 聖ピオ十世会の司祭たちは、伝えられたままの純粋なカトリック教えをそのまま伝えようと全力を尽くしています。カトリック教会が、信じてきた全てのカトリックのドグマと信教(Credo)をそのまま変えずに信じ、信仰宣言しています。また同時にカトリック教会によって排斥された全ての異端に対して反対しています。過去から変わることなく伝えられた正統信仰こそ真理における一致を促進し、分裂を避けさせるものです。

* 聖ピオ十世会の司祭たちは、カトリック教会がそう信じ続けてきたように、特に御聖体における私たちの主イエズス・キリストの現存を深く信じています。また、カトリック教会以外には霊魂の救いがないと信じます。

*教皇庁教理省は「同会の聖職者は、教会法上の制裁から解放されている」(いかなる制裁も受けていない)と認めています。

* 聖ピオ十世会の司祭は、領域上(司教区)の法的身分(裁治権)も属人的裁治権も有しておりません。しかし必要の状況に置かれた信徒たちのために、教会法によって補足された法的身分(裁治権)を有しています。私たちの主イエズス・キリストは霊魂の救いと聖化のためにの通常で主要な手段として秘蹟を制定されました。カトリック教会は、必要とする人々が秘蹟(特に改悛の秘蹟)をいつでも受けることができることを欲しています。何故なら教会の最高の法は霊魂の救い(教会法1752条)だからです。

* カトリック教会は、教会法の規定(144条)によって、組織上の当局を通さずに法的身分(裁治権)を補足します。カトリック信者は、いつでも告解を必要とするとき、その判断と助言を信頼することができると思う司祭から改悛の秘蹟を受けることができます。しかもその司祭が通常のやり方で法的身分(裁治権)を有していなくてもそれができます。さらには、しかも教会法(1335条)の言葉によると「いかなる正当な理由でも」信徒がこれを求めるのであれば、聖職停止あるいは破門された司祭であってもこれができます。

【私たちは永遠の命のためにカトリック信仰をいただきました】

私たちは洗礼の時に、カトリック教会から信仰を求めました。何故なら正しい信仰が私たちに永遠の命を与えてくれるからです。信仰とは真理を信じることです。真理から一致が生まれます。

コロナ騒動で何年も秘跡を受けることができなかった愛する兄弟姉妹の方々、御聖体を信じ礼拝しながら跪いて口で拝領することができなかった方々、ロザリオを一緒に唱えることができなかった方々、信仰生活において半死半生の傷を負ったままそのまま助けを待っておられた方々、どうぞイエズス・キリストのもとにいらしてください。聖伝のミサに与ってください。キリストの御声は言います。「労苦する人、重荷を負う人は、すべて私のもとに来るがよい、私は、あなたたちを休ませよう」(マテオ11:28)と。「私の与えるパンは、世の生命のための私の肉である」(ヨハネ6:51)。

最後にルフェーブル大司教の言葉を引用します。

「私たちには教会の2000年の聖伝がついています。10年やそこらの新しい「公会議後の教会」ではありません。「公会議後の教会」とは、ベネリ司教が私たちに言ったことです。ベネリ司教は私たちに「公会議後の教会に従え」と要求しました。私は「公会議後の教会」など知りません。私の知っているのはカトリック教会だけです。」

「私たちは、この立場をしっかりと保たなければなりません。私たちの信仰のためであれば、何でも甘受しなければなりません。全ての苦しみを。あざけられ、破門され、叩かれ、迫害を受ける覚悟をして下さい。もしかしたら将来、政府が私たちを迫害するかもしれません。この可能性さえもあります。なぜなら、教会を崩壊させるのはフリーメーソンの業だからです。フリーメーソンはありとあらゆるところで命令を下しています。ですから、もし彼らが私たちにフリーメーソンの計画を危うくするほどの力があると見れば、政府が迫害を始めるでしょう。そうなれば、私たちはカタコンブの中に入りましょう。私たちはどこにでも行きましょう。しかし、私たちは信じ続けます。私たちは、私たちの信仰を捨てるつもりはありません。私たちは迫害を受けるでしょう。私たち以前にも、信仰のために多くの人々が迫害を受けました。私たちが1番最初だというわけではありません。しかし、少なくとも、私たちは、イエズス・キリストの信者であるということの名誉を、誉れをイエズス・キリストに捧げることが出来ます。主を捨てず、主を裏切らず、忠実であったという名誉です。これが私たちのしなければならないことです。確固としていることができるよに祈りましょう。」

「…聖母に祈りましょう。聖母のように、私たちの心にも一つの愛が、私たちの主イエズス・キリストに対する唯一の愛のみがありますように。私たちの心に深く刻まれている名前は、イエズス・キリスト以外ないことを。イエズス・キリストこそが天主であり、救い主であり、永遠の司祭、全てのものの王にして、主は今、天にましまし、この天では主のみ王なのです。天においてイエズス・キリスト以外王はいません。イエズス・キリストこそが、全ての天使、聖母、聖ヨゼフ、全ての選ばれたものの至福であり、私たちもこの至福、この誉れ、この栄光、この私たちの主の愛に参与することを望みます。私たちの知っているのは、イエズス・キリストのみであり、私たちは、私たちの主イエズス・キリスト以外誰をも知ることを望みません。」

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


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