「シノドスの過程はパンドラの箱 : 100の質問と回答」
The Synodal Process Is a Pandora’s Box: 100 Questions & Answers
ホセ・アントニオ・ウレタとフリオ・ロレド・デ・イズクエ著
第五章 ドイツの「Synodaler Weg」【シノドスの道】
A ドイツのためだけではない道
53.「Synodaler Weg」とは何ですか。
54.「Synodaler Weg」は世界的シノドスとは違いますか。
55.ドイツの司教たちはどこでその考えを得たのですか。
56.「Synodaler Weg」で発言するのは誰ですか。
57.「Synodaler Weg」はどれほど重要なのでしょうか。
58.「Synodaler Weg」はなぜ招集されたのでしょうか。
59.「Synodaler Weg」の背後には下心があるのでしょうか。
60.「Weg」は教会の文化的パラダイム・シフトでしょうか。
61.Weg推進派によれば、聖職者の性的虐待を引き起こすものは何でしょうか。
62.Synodaler Wegはどのような解決策を提案しているのでしょうか。
63.これは教会の破壊につながるのでしょうか。
第五章 ドイツの「Synodaler Weg」【シノドスの道】
A ドイツのためだけではない道
53.「Synodaler Weg」とは何ですか。
「Synodaler Weg」とは、シノドスの道という意味です。それは、ドイツのカトリック教会が、世界的シノドスとは独立して、ローマの方向性を先取りし、さらにはそれを凌駕して、シノドスに適応することを選んだ特別な道です。この新造語は、教会法にも教会の聖伝にも根拠がありません。
「Synodaler Weg」は、すべての信者が教会について発言できる恒久的な議論の場として、2019年にリンゲンで開催されたドイツ司教協議会の総会で承認されました。この準備段階あるいは協議段階は2023年3月に終了しました。提案は司教団に提出され、司教団は2023年10月にローマで開催される世界的シノドスに提出するため、現在議論を進めています。
「Weg」推進派はまた、聖職者と信者で構成される常設のシノドス評議会を設置し、ドイツの教会を完全に民主的な組織に変えようと考えています。シノドス評議会は、「教会と社会についての本質的な変化に関する協議・意思決定機関」として、また「司牧計画や予算の問題に関する教区を超えた機関」として機能することになります(94)。
バチカンはこの提案に拒否権を行使しましたが、ドイツ司教団はこの路線を継続する意思があるように見えました。
「Synodaler Weg」には定義された形式はありませんが、途中で変化する「過程」として提示されています。このシノドスの道のウェブサイトはこう述べています。「シノドスの旅は、教会法によって定義された形式を持たず、独自のものです。それは、道を旅する過程として定義することができます」(95)。
この「道」は完全に開かれていなければなりません。リンゲンの総会で、ミュンヘン大司教で当時ドイツ司教協議会会長だったラインハルト・マルクス枢機卿はこう述べました。「信仰は、思考の閉塞感から解放され、自由で開かれた議論に直面し、新しい立場を取って新しい道を切り開く能力を発展させることによってのみ、成長し、深化することができます」(96)。
54.「Synodaler Weg」は世界的シノドスとは違いますか。
形式的にはそうですが、それはドイツの教会の過程であり、世界的シノドスの過程と並行して自律しているという意味です。現実には、後に見るように、「Weg」は、その主要な主人公たちの宣言された意向において、2015年に発足した世界的シノドスの過程の他の車両を牽引する機関車のように考えられています。メディアはこのように報道していますが、さまざまな大陸から集まるシノドス総会の最も進歩的な参加者たちは、ドイツの「Weg」の行動計画(アジェンダ)に含まれる問題を主張したいと考える可能性が高いのです。このように、最善の仮説を立てれば、「Weg」は、新近代主義の最も急進的な大義名分のための宣伝の場を獲得するという世界的な過程を助けることになります。
両者の提案を単純に読めば、ドイツの道の言い方の方がさらに鋭いものの、その深い類似性が分かります。
55.ドイツの司教たちはどこでその考えを得たのですか。
「Synodaler Weg」の推進派は、2015年の司教シノドス組織設立50周年に関する教皇フランシスコの演説に触発されたと主張しています。その時教皇はこう述べました。
シノダリティの道は、天主が第三千年期の教会に期待する道です。…
教会を構成する次元としてのシノダリティ(97)。
これに2019年6月29日、教皇がシノドスの道を奨励した「ドイツ巡礼中の天主の民への手紙」を加えます。
皆さんの司牧者たちは、シノドスの道を提案しています。これが具体的な言葉で何を意味し、どのように発展していくかは、まだ検討中です。私としては、司教シノドス50周年を祝う機会に、教会のシノダリティについて考察を述べました。要するに、それは聖霊の導きの下で、聖霊の光、導き、注ぎの下で、教会全体と一緒になって、共に歩み、聖霊が私たちに与えようと望んでおられる常に新しい地平に耳を傾けて識別することを学ぶシノドスに関することなのです。なぜなら、シノダリティとは、聖霊のご出現を前提とし、それを必要とするからです(98)。
ラインハルト・マルクス枢機卿とドイツ・カトリック中央委員会会長のトーマス・シュテルンベルク教授はこう宣言しました。「教皇フランシスコは、私たちがシノドスの教会となり、共に歩むよう招いています。これがドイツの教会の『Synodaler Weg』の目的です。私たち司教協議会の司教とドイツ・カトリック中央委員会の信者は、すべてのカトリック信者、修道者、司祭、そして特に若者たちとともに歩んでいきたいと願っています」(99)。
もっと広く言えば、「Weg」の推進派は、たとえば2013年の使徒的勧告「エヴァンジェリイ・ガウディウム」で表明された、シノダリティに関する教皇フランシスコの教導権に従っていると言っています。同勧告はこう述べています。「司教協議会を真の教理上の権威を含む具体的な帰属の主体とみなすような、司教協議会の法的地位は、まだ十分に練られていません。過度な中央集権化は、役に立つことが証明されているどころか、教会の生活と宣教の活動を複雑にします」(100)。
56.「Synodaler Weg」で発言するのは誰ですか。
原則的には、ドイツのすべてのカトリック信者はもちろん、参加を希望する非カトリック信者でさえも、「Synodaler Weg」で発言権を持つことになります。しかし、「Weg」の最も重要な機関であるシノドス総会(Synodalversammlung)は、ドイツ・カトリシズムの最も進歩的な派閥によって独占されています。彼らは不調和な声をすべて沈黙させ、自分たちの行動計画(アジェンダ)を実施するために、たとえそれが離教につながるとしても、ローマと対立することを恐れはしません。これらの個人や団体は、何十年もの間、ドイツの教会を破壊転覆しようと努力してきました。その中でも代表的なものが、ドイツ・カトリック教会中央委員会(Zentralkomitee der deutschen Katholiken, ZdK)です。
「Synodaler Weg」の内部で行動計画(アジェンダ)を押し付けるこの進歩的な分派は、かつてのリンクスカトリスムス(Linkskatholizismus、カトリック左派)です。ヴュルツブルクのシノドス(1971-1975年)の行動計画(アジェンダ)には、すでにいくつかの「Weg」ポイントがありました。例えば、女性の助祭職、説教への信者の参加、小教区・教区評議会制度の拡大などです。
1990年代には、「私たちは教会である」(Wir sind Kirche)のようないくつかのイニシアチブが、性道徳の緩和、避妊具の承認、司祭の独身制の廃止、教会の権威構造の民主化などを求めました。
リンクスカトリスムス全体が今、「Synodaler Weg」に集中しています。
この分派は、司教たちをより急進的な立場へと向かわせています。例えば、カトリック農村青年運動会長のダニエラ・オルドウスキーは、「(ローマとの関係において)ドイツ司教協議会は、もっと勇気をもって、もっと怒りをもって、もっと騒々しく反応しなければならないでしょう。最終的には、不従順を選択せざるを得ないかもしれません。一方では社会的価値観、男女平等、権力分立、他方ではカトリックの家父長制的君主制というギャップに、いつまで我慢するでしょうか(101)」と書いています。
57.「Synodaler Weg」はどれほど重要なのでしょうか。
「Synodaler Weg」は、ドイツの教会にとって特別な道であり、ローマで招集されたシノドス総会のモデルとして、極端ではあるものの非常に影響力のあるものとして提示されています。多くのオブザーバーは、その結論が、有名な表現によれば「ライン川がテヴェレ川に流れ込んだ」(102)第二バチカン公会議が設定した先例に倣い、普遍教会におけるシノドス全体の過程の展開にどのような影響を与え得るかを指摘しています。
例えば、著名なバチカン専門家であるサンドロ・マジステルは次のような危惧を表明しています。「教皇によってチェックされていないドイツの『シノドスの道』の伝染は、今や国境を越え、『シノダリティに関するシノドス』の総会自体に影響を及ぼす恐れがあります」(103)。
ドイツの提案にマリオ・グレック枢機卿が明らかに共感しているのを糾弾し、バチカン専門家のエド・コンドンは、ドイツの司教団が「バチカン・ウォッチャーたちの間で、世界的なシノドスの過程全体がドイツ人に対する一種の『優先的選択肢』を持っているという印象を与えた」と書いています(104)。
ドイツ司教協議会会長であり、「Weg」推進派の中心人物だったゲオルク・ベッツィング司教は、「Weg」が提示した多くの提案を含むシノドスの準備文書「あなたのテントの場所を広く取りなさい」に言及し、陶酔的にこう宣言しました。「(ドイツの)シノドスの過程はすでに教会を変えました」(105)。
58.「Synodaler Weg」はなぜ招集されたのでしょうか。
「Weg」は、理論的には、2010年に発覚したドイツの教会における性的虐待問題の解決策を見いだすために招集されました。そのとき以来、具体的な結論に達することなく、会議、委員会、作業部会が増殖してきました。この惰性に直面した一部の司教とドイツ・カトリック中央委員会は、この問題を手に取り、恒久的な議論の場を設けるという考えを打ち出しました。
前述のように、「性的虐待の問題に積極的に立ち向かい、その防止を強化する」ために、2019年12月のドイツ司教協議会総会で「Weg」が承認されました(106)。
59.「Synodaler Weg」の背後には下心があるのでしょうか。
「Weg」が述べた目標の背後には、教会改革のプロジェクトが潜んでいると指摘する声は多くあります。例えば、ウィーン大司教であるクリストフ・シェーンボルン枢機卿は、「コムニオ」誌のインタビューで次のように語っています。「虐待の道具化があります。…「虐待行為」は、それを口実に、教会改革の要求について、議論して決定するために利用されています」(107)。
「Weg」の先駆者であるラインハルト・マルクス枢機卿自身も、このことを認識しています。彼は、性的虐待事件が教会の公衆への信頼を失墜させ、司祭職に叙階された人々が教会を指導できるという考えを捨てるべきだ、と主張しています。彼はこの問題やその他の問題で聖職者を監視する新しいリーダーを、特に信者の中から見つける必要がある、とします。進歩的な「ナショナル・カトリック・レポーター」によれば、「マルクス【枢機卿】は、位階構造の性質のゆえに、説明責任の必要性に対する教会の理解は『初歩的なものでしかない』と述べた」とあります。したがって、教会に「根本的で体系的な変化」をもたらすことが急務であり、シノドスの過程が必要だとされるのです(108)。
教皇に宛てたドイツ司教協議会会長職辞任の手紙の中で、このバイエルン人の【マルクス】枢機卿は「教会における変化と改革を求める制度的失敗」について明確に語っています。彼はこう付け加えます。「この危機を脱するための転機は、私の考えでは、あなたが強調され、ドイツの教会に宛てた手紙に書かれているように、『霊の識別』を可能にする道である『シノドスの道』しかありません」(109)と。
60.「Weg」は教会の文化的パラダイム・シフトでしょうか。
はい。「Weg」推進派は、それが教会の文化的パラダイムに大きな変化をもたらすものでなければならないと認識しています。「シノドスは文化的パラダイム・シフト(Kulturwandel)と教会の実践の変化をもたらさなければなりません」とゲオルク・ベッツィング司教は言います(110)。言い換えれば、「Weg」は教会の偶発的な要素だけでなく、その基盤そのものを変えなければならないのです。
ドイツ・カトリック青年連盟の会長であり、「Weg」の中心人物であるグレゴール・ポッドシュンはこう書いています。
今必要なのは、カトリック教会とその(間違った)教理を根底から変えることです。…新しい教会を建設するために、この教会は自ら滅びなければなりません。…
過激に聞こえますが、結局はそうなのです(111)。
61.Weg推進派によれば、聖職者の性的虐待を引き起こすものは何でしょうか。
Synodaler Wegの推進者たちは、聖職者の性的虐待の主な原因は、教会に蔓延する聖職者主義にあると主張します。Weg基本文書によれば、性的虐待の原因は「教会の現在の構造と教理」であり、そのため改革が必要と主張するのです(112)。
フルダで開かれた2018年の全体会議で、ドイツ司教協議会は「司祭の独身生活やカトリックの性道徳の諸側面に関する疑問など、カトリック教会に特有の課題は、透明性のある議論の過程で、さまざまな分野の専門家の参加を得て議論される」と述べました(113)。
一方、ラインハルト・マルクス枢機卿は、「少なからず、子どもや若者への性的虐待は、(教会)運営における権力の濫用の実である」と述べています(114)。
62.Synodaler Wegはどのような解決策を提案しているのでしょうか。
Weg推進派は、教会の位階構造と道徳を変えることによって、教会に蔓延する聖職者主義を克服する、と以下のように提案しています。
a.司教の任命に平信徒が参加し、教会機構を広く民主化すること。
b.司祭の独身制を廃止すること。
c.同性愛者の聖なる品級を認めること。
d.女性に秘跡的役務を開放すること。
e.同性愛を再評価し、同性婚を受け入れること。
f.教会の伝統的な性道徳を非難すること。
Synodaler Wegのアジェンダは、カトリック道徳と教会の位階階級の解体という2点に要約できます。
63.これは教会の破壊につながるのでしょうか。
少なくとも、それが一部の人々の意図するところであると思われます。元教理省長官ゲルハルト・ミュラー枢機卿はこう述べています。「彼らはカトリックの信仰とは何の関係もない別の教会を夢見ています…そして、このプロセスを悪用して、カトリック教会を転換させようとしているのです」(115)と。
しかし、この著名な神学者【ミュラー枢機卿】自身の言葉を借りれば、これは「カトリックの信仰とは何の関係もない」ことであり、また、教会とも何の関係もないことであることに注意してください。なぜなら、前述のように、天主の約束によって強められ、教会は不可崩壊性(indefectibility)を、すなわち、その特権によって、教会は時の終わりまで耐え忍び(マテオ28章20節参照)、地獄の門も教会に打ち勝つことはない(マテオ16章18節参照)という特性を確実に持っているからです。