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無原罪聖母の騎士会霊的講話2:聖母が使徒の元后であり、すべての人の元后であること

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2024年2月11日無原罪聖母の騎士会霊的講話2(ファイファー神父様)

【講話2】聖母が使徒の元后であり、すべての人の元后であること

たとえ聖伝の信者さんでなかったとしても、あるいはカトリック信者でなかったとしても、カトリックの精神をM.I.のお祈りによって教えてあげてください。
(神父様たちがお祈りのカードを信者の方々に配ってくださった。)

では、マリア様が使徒の元后すべての人の元后であることを、黙想いたしましょう。

マリア様の霊的な子どもたちはみな使徒たちでした。最初の子どもたちはみな使徒たちでした。洗者聖ヨハネも使徒だと考えることができます。

マリア様の御子であるキリストは父から使わされたものでした。そして使徒というのは、使わされた者という意味です。ですからイエズスさまもこうおっしゃいました。わたしが父から使わされたように、わたしもお前たちを使わす。そしてみなさんも、マリア様によって使わされた者たち、使徒たちとなります。

マリア様は、特に聖霊降臨の時に、特別の役割をしました。

聖ルカは、使徒行録の中で、聖霊降臨の時にこう描写しています。
「使徒たちは婦人たちと、そしてイエズスの御母マリアとともに、祈りに専念していた。」
ところで、イエズスの御母マリアという言葉を特別に出していますが、これがなぜかというと、マリア様が聖霊降臨の中でも特別な道具であったからです。

もちろん聖ペトロ、聖ヨハネ、そのほかの聖なる人たちもいましたが、マリア様が最も聖なる御方でした。教父たちは、ちょうど聖霊が降臨するために必要だった避雷針のように、聖霊の火がマリア様を避雷針として降りてきた、と言っています。

ところで、福音書を読むと、聖霊降臨には二つあります。一つはお告げの時に、聖務日課によると、「聖霊はマリア様の上に降ってマリア様を聖霊の力が覆った」とあります。そして聖霊が降って、マリア様を聖霊の陰が覆ったときに、マリア様を道具としてマリア様の身体を使って、イエズス・キリストの御体が形つくられました。ところで第二の聖霊降臨の時には、マリア様の祈りを通じて聖霊が降って、そしてマリア様の祈りを通じて聖霊の力によってキリストの神秘体が形つくられて、神秘体が生れ出ました。ですからマリア様は、聖霊降臨の特別の道具と言えます。

ところで、カトリック教会が生まれたときに何をしたかというと、まず聖ペトロが外に出て説教をして、そして4000人が洗礼を受けます。そしてそののちに使徒たちが世界中に行って、宣教使徒職を行うのですけれども、その背後にはマリア様の祈りがありました。

主を愛した聖ヨハネは、十字架のもとに立ち止まりました。聖ペトロも、復活後イエズスさまから尋ねられました「お前はわたしを愛するか」と。ペトロは答えます「はい私は愛します。」と。そして愛の使徒たちの元后がマリア様でした。また主を愛する人々は、主を愛するがゆえに、キリストを伝えますが、その主を愛する人々の女王・元后もマリア様です。

わたしたちが天主を愛すれば愛するほど、その愛は隣人に対する愛に及びます。そしてその隣人の救いを求めるようになります。ところでマリア様は、天主を最も最高に愛した方でした。ですからマリア様こそ、最も隣人のすべての人々の救いをお望みになられています。ところで、イエズス様が天国に挙げられたのちにマリア様は地上に残りました。マリア様のまわりには12人の使徒たちがいました。そして12人の使徒たちが宣教に生きそして説教をし、洗礼を授けるのですけれども、いったいマリア様はかれらのために何をすることができたのでしょうか。どうしてサポートすることができたでしょうか。マリア様はもちろん、もしも説教をしようとするとすれば、12使徒たちよりもどれほど上手い説教ができたことでしょう。また洗礼を授けたら、マリア様ほどうまく洗礼を授ける人はいなかったでしょう。しかしマリア様はそれらのことを一切なさらずに、12使徒たちの使徒職の心となって、そして聖寵のお恵みの道具となって、かれらのために祈っていました。そしてマリア様は教会の愛となって、愛の道具となって、そしてすべてのお恵みを自分のところに留めておくいわば倉庫のようになっていて、その倉庫から使徒たちがいろいろなお恵みを取りたいだけ取ることが、配りたいだけ配ることができるような、教会の愛になりました。マリア様のこころは、天主への愛に満ち満ちていたからです。

ところで、マリア様の活動は、祈りの活動・愛の活動であって、隠れた活動でした。家庭のお母さんが家の中にいながら偉大な業をするように、マリア様も隠れて愛の業をしました。M.I.の無原罪の聖母の騎士の後ろには、この愛の業があります。愛の業には、ふたつの要素があります。一つは、教会法に従った愛のあらわれであって、これが司祭やシスターたちをどこかに送る、司祭を派遣する、シスターたちを派遣する、修道会を派遣する、という教会の公式の法的な愛の業です。しかし、もう一つの愛の側面は、自発的に全く自由に、たとえば子供が、「僕司祭になりたい」、「お父さん私は司祭になりたい」、「自分をイエズス様にお捧げしたい」などというまったく自発的な愛の業です。

偉大な愛を持てば持つほど、より多くの偉大な愛の業をすることができます。たとえば聖ヨハネ・ユードという方は、フランスのとても偉大なマリア様への愛を持っている汚れなき御心への信心をもった方ですが、その聖ヨハネ・ユードは貧しい人にもあるいはフランスの王にも同じように説教し、そして多くの人々に感銘を与えました。あるいは、聖マリ・グリニョン・ド・モンフォールは、マリア様の最も偉大なマリア様のしもべとして説教をして活動された方です。愛を持てば持つほど、偉大な業をすることができます。いま現代に無いのが、この愛です。

ところでもう一つの側面を見てみます。マリア様に対する愛の使徒たちがいる一方、他方で異端者やセクトあるいはフリーメイソンとかの活動家も存在します。敵の活動家も存在します。かれらは非常に活動好きで非常に熱心で、普通の一般的なカトリック信者たちよりももっと熱心に働いているかもしれませんが、いったい彼らはどのような特徴を持っているでしょうか。

かれらの第一の特徴は、かれらが非常に人間的な手段に頼んでいる、ということです。例えばいろいろなメディアに依ったもの、あるいは強力な有事なコネがあるとか、あるいは優れたビジネスの戦術があって世界中に広がるようなビジネスの繋がり、あるいは心理学に基づいた作戦を立てている、など。

第二の特徴は、従順というものを憎んでいる、嫌っているということであって、権威に服従するということができない、あるいは軽蔑する、ということです。なぜかというと、自分の意志を否定することを、自分の意志を誰かに従わせるということができないからです。そのようなことは考えにもないし、そのような霊性もないし、そのようなつもりもないからです。ですからかれらは 自分たちで一つにまとまることができずにいろいろな分派に分かれて相互いに戦っています。

第三は、かれらは本当の祈りを無視している。もしかしたらビジネスの一部として祈りがあるかもしれませんけれども、使徒職のために絶対必要なエッセンシャルなものとしては祈りを信じていない。そうでなくて、かれらはむしろ人間的な手段を頼みにして、祈りが必ず必要だとは思いもしない、ということです。

第四は、十字架を恐れている、十字架を避けている、そして十字架の結果の屈辱・死を恐れている。キリストはもしかしたら十字架につけられてかつて亡くなったかもしれませんが、しかしだからといって私たちがそれに参与するとかそれを続けるとかということは考えもしないし、それへの愛もないし、それへの信頼もない。「十字架を恐れる」、これは非常に悪魔的であって、もしかしたら今現代カトリック信者もこれのその恐れがほとんどの人が持っています。

では「本当の使徒」の持つ愛というのは何でしょうか、どんな特徴があるのでしょうか。その「偽の使徒職」と、どのように違うでしょうか。見てみましょう。

本当の使徒職というのは、使徒職が何かということを理解することから始まりますが、使徒職とは何かというと、天主への愛です。愛であって、活動ではありません。ですから愛――イエズス・キリストへの愛――十字架につけられたイエズス・キリストへの愛が、大事になります。

十字架の力というのはイエズス様に対する愛、十字架に近寄る、イエズス様に似通ったものになる、これこそがマリア様のなさったことではないでしょうか。十字架のもとに佇まれて、そして苦しまれました。今日はルルドの祝日でありましたが、聖ベルナデッタがルルドのマリア様をご覧になったときに、マリア様のすぐ近くで何か大喧騒がありました、大きな騒ぎがありました。悪魔のような騒ぎだったのですけれども、そのとき、現れたマリア様はそのほうをゆっくりと眺めるとあっという間にこれがピタリと止まって、終わってしまいました。マリア様のただ一目が、すべてを終わらせました。悪魔の大喧騒も終わってしまいました。つまり、もしも皆さんが苦しんでおられるのなら、特にマリア様を愛するがために困難なことがあったり苦しんでいるのであるならば、マリア様はわたしたちのすぐそばにいるということです。

第二の特徴は、十字架に対する愛の結果、わたしたちはけんそんと屈辱をも愛するということです。マリア様がそうでした。マリア様は われは主のはしためなり、仰せのごとくわれになれかし。従順であってけんそんでありました。けんそんな人というのは、主の必要としていることをよく自覚している人でした。イエズス様御自身もそうでした。自分も死に至るまでの従順!十字架の死に至るまでご自分を従順にされました。

第三の特徴は、どんな手段よりも祈りこそが最も本質的で最も必要な手段であるということを確信しています。マリア様の使徒職は祈りの使徒職でした。無原罪の聖母の騎士会もこれを知っています。わたしたちにとってもっとも必要なのはこの祈りです。「原罪なくして宿り給いし聖マリア、御身により頼み奉る我らのために祈り給え。また、御身により頼まざるすべての人々、特にフリーメイソン会員のため、また 御身に委ねられ奉りしすべての人々のために祈り給え。」

第四の特徴は、教会の権威に喜んで服従して従順であるということ、ここに天主のみ旨を見るということです。マリア様はそうでした。天主のみ旨こそを、自分のやりたいことよりももっと優先させるということです。自分のことは一番最後に…です。聖ペトロがアンチオキアに教会の司教座を作ったときには、マリア様はそれに従いました。なぜかというと聖霊が教会において働いていることを知っているからです。

M.I.無原罪聖母の騎士会はマリア様の御心から生まれました。コルベ神父様はこれを軍隊と言いましたけれども、それをマリア様の御心から生まれたものとしてとらえました。マリア様の御心からうまれたこのM.I.は、キリストの神秘体の多くのメンバーやその自分の体の機能を良く果たすことにあります。眼が口になり、口が手になることではなくて、眼は眼として手は手として自分の身分上のつとめを良く果たすことによって、マリア様の使徒職を行うことにあります。

そうすることによって、マリアさまの愛とマリア様の精神によって生きることになります。たとえわたしたちが使徒でなかったとしても、わたしたちが誰かに積極的に論争したりする人でなかったとしても、わたしたちすべてが使徒的な精神を持たなければなりません。もしもそのような使徒的な精神がなければ何の役にもたちません。もしもでも、そのような使徒的な精神を持っているのならば、一般の家庭のお母さんでも、子どもを養っているお母さんでも、あるいは大工さんでも、あるいはどのような労働者でも、神秘体の働きすべてに信じられないほどの力を提供することができます。そのような精神を持って日常生活を送る人は、天主から私たちの心に多くの光を受けることになり、人々の心を回心させるのは、その紙きれのパンフレットあるいはチラシではなくて、心です。心は心からしか行きません。ですから霊的なものであって、神秘的な働きがなければ、人の心は回心することができません。でもマリア様は使徒の元后であり使徒職の元后でありすべてのこころの元后・女王であるので、マリア様の道具として使徒的な精神を持ってお捧げする一般の人たちはマリア様に多くの協力をすることになり、またマリア様の汚れなき御心からわたしたちに特別な光をいただいて、そしてわたしたちの周りに大きな影響を与えることができるようになります。

M.I.の無原罪聖母の騎士会の目的は、わたしたちをマリア様の道具として奉献することです。ただ、どのような道具かというと、使徒職の目的のために、その使徒職ということのために、道具として捧げることです。そしてこの使徒職ということは何かというと、すべての人々の回心のため、またすべての人々の聖化のため、そういう使徒職のためです。ちょうど告解の時に司祭が罪の赦しの祈りを唱えるときに、その中の一つに痛悔した人に対して「あなたが行うすべてのことはどのようなことであれすべてのことが罪の赦しのためになりますように」という祈りがありますが、それと同じように、わたしたちの行うすべてのことがマリア様の使徒職のために、回心と聖化のために役立ちますように、という意向で奉献して、捧げるのです。

四つの義務があります。一つは、わたしたちは、マリア様の道具として奉献することです、「わたし」を奉献すること。第二は、この奉献のしるしとして不思議のメダイを身に着けること。第三はわたしたちができる限りのことをマリア様の名誉のためにすること。たとえば私がいまから提案するのは、皆さんが更新の式のときに3つの不思議のメダイを皆さんにプレゼントしたいということです。このマリア様の名誉のための使徒職としてこの三つのメダイを使ってください。どうやって使うかというと、これは皆さんのボーイフレンドあるいはガールフレンドのためにプレゼントするのではなくて、そうではなくて、まずカトリック信者でない方がカトリック信仰をもってカトリック信者になることができるようにするために、これをさしあげてください。でもそれのためにはうまーくやらなければなりません。そしてもしもカトリック信者にこのメダイを挙げようとするときには、それはカトリック信者がM.I.無原罪聖母の騎士会に入会するために、差し上げてください。あげてください。どのようにするかというと、非常に簡単です。聖ピオ十世会に入会するのではなくて、聖母の騎士会に入会するのであって、これは、
「あなたはマリア様を愛していますか?」
「もちろん、マリア様を大好きです。」
「マリア様がすべての人が回心するのを望んでいるのを知っていますか?」
「もちろん、マリア様が お母さんが 回心するのを望んでいるのを知っています。」
「でもアリア様は、でも回心のためにあなたの助けが必要なんですけれども、あなたはマリアさまのために何かしてあげたいと思いませんか?」
「はい。なんでもしてあげたい。」
「じゃあM.I.に入ってください。M.I.の会員です。」
そうして、その人が会員になるときには、このようにここに連れてきて、会員の入会式をするようにしてください。そして会員になったら、皆さんこの会員になった方のフォローアップをされて、ちゃんと不思議のメダイを身に着けているかあるいはちゃんとこのM.I.のお祈りをしているかどうかを確かめて、もしもしていなかったらするように励ましてあげてください。もしも6人の人がM.I.になったらば、そして一日一回そのお祈りをするならば、マリア様に1分の祈りの武器をあたえることができるようになります。それが多くなればなるほど、マリア様にますます武器を与えることができます。大変力強いものとなります。

今から更新式あるいは入会式を、行います。入会式も更新式もまったく同じことをするのですけれども、入会されたいということのためには入会の請願書を、そして更新されたい方は皆さんのお名前とそして更新という文字を書いて、そして提出してください。そうするとそれを見てデーターのところに登録することできます。

M.I.のメンバーの方は、カルメル山のスカプラリオも持っていなければなりませんけれども、皆さんお持ちですか。

不思議のメダイはマリア様の兵士であるというしるしで、スカプラリオはマリア様の家に属する子どもであるというしるしです。M.I.に入る方は、自動的にマリア様の子どもとして、スカプラリオも身に着けてください。ではいまから更新式と入会式の準備をしますので、用紙を配ります。

 


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