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Channel: Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた
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2016年8月19-22日の聖伝のミサの報告:聖ピオ十世会 SSPX JAPAN Latin Traditional Mass

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アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

8月の第3主日の前後のミサ聖祭のご報告をご紹介します。

8月19日は聖ヨハネ・ユードの祝日でした。そこで、聖ヨハネ・ユードに基づいて、聖母の汚れなき御心について黙想しました。聖ヨハネ・ユードは、聖母の汚れなき御心は、青空、天のようだ、茨の中に咲き出るヤマユリのようだ、太陽のようだ、地球の中心だ大洋の大海原だ、等々、と言っています。日本の聖ピオ十世会の最初の聖堂は、聖母の汚れなき御心に捧げられていますので、とりわけこの聖人を祝うのをうれしく思いました。

8月21日は、東京で聖伝のミサを捧げました。38名の方々が聖伝のミサに与ることが出来ました。天主様に感謝!
午後は、大阪でもそうだったのですが、(1)前回の聖霊の12の実りの復習、(2)聖霊の七つの賜物、(3)七つの賜物と至福八端との関係、について黙想しました。

聖霊の12の実りについては、覚えやすいように、聖トマス・アクィナスの説明の順序に従いました。

ラテン語を日本語に訳すときの用語ですが、私の逡巡で、大阪と東京とでは少し違いが生じてしまいました。それは、bonitas と、begninitas との訳語です。どちらも、良い、という意味なので、どう訳し分けるか、で違いが出てしまいました。
聖トマス・アクィナスによれば、bonitas は心の内面の善良さ、begninitas は外に行為として現れた善良さです。そこで、大阪では、bonitas を親切心・親切とし、begninitas を善良、としました。
しかし、「親切」というと行為における良さを連想しやすいので、東京では、bonitas を善良とし、begninitas を仁慈、としてみました。東京での訳はバルバロ神父様の訳の用語も考慮してそうしました。

8月22日は、聖母の汚れなき御心の祝日で日本の主要の守護の聖人の祝日です。東京では、朝の7時から予定通りミサを行いました。8名の方々が参加できました。ところで、本来なら、その日はフィリピンに戻らなければならなかったのですが、飛行場に行ってみると、台風9号のために、私の乗る予定の飛行機が欠航になってしまいました! 聖ピオ十世会の司祭として23年になりますが、飛行機が欠航になることは初めてです。翌日にミサをすべき祭壇が常設してある大阪に行くことにし、8月22日には急遽、大阪でも来られる方々に連絡して夕方の6時頃からミサ聖祭を捧げることになりました!
ロザリオを唱え、聖母の汚れなき御心の晩課を歌い、聖母の汚れなき御心の歌ミサをお捧げしました。9名の方々が聖伝のミサに与ることが出来ました。天主様に感謝!


【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

私達の大切な小野田神父様こんばんは。
大阪での御ミサの報告をお送りいたします。

8月19日(金) 聖ヨハネ・ユード の御ミサには10人の方々が
8月20日(土) 大修院長教会博士聖ベルナルド の御ミサには14人の方々がミサに与る御恵みを頂きました。デオグラチアス!

金曜日のお説教では聖ヨハネ・ユードのイエズス様とマリア様の聖心に対する信心について黙想いたしました。
イエズス様の聖心が御父に次いで最高の愛の対象とされたマリア様に、この世で従われる事を最善として選ばれたので、
私達もイエズス様の神秘体の一部として、その同じ精神をもたなければならないことがよくわかりました。
聖母黙想会で黙想したと同じくイエズス様に倣ってマリア様の奴隷になるために全てをマリア様にお捧する事を一瞬一瞬思い出せるようにイエズス様にお願い致しました。

土曜日のお説教では、聖ベルナルドが言った「天主に対する愛があれば『甘い』しかない」という言葉と、
「天主のいない天国よりも、天主とともにいられる苦しみのほうがよい」が心に残りました。
教会の危機の時代に聖ベルナルドがされた偉大な功績の裏にはマリア様への深い信心があったことには納得しました。
聖ベルナルドに感化されてか、跪いて御聖体を拝領するのを待っているときから御聖体からあふれる蜜の甘さを感じたように思いました。
退堂の聖歌で聖ベルナルドの祈りを歌えてとても良かったと思います。v(^^♪

土曜日のお説教のあと、聖ベルナルドが言った「天主の甘さ」について考えていました。
奉献文の後、「Jesu dulcis memoria 」を歌いながら、歌詞がこの日のお説教にピッタリだなあと感心してしまいました。ミサ前にどの曲を歌おうか、マリア様にご相談してこの曲を選んだのですが、きっと小野田神父様も、マリア様に「お説教で何を言いましょうか?」とご相談なさったのでマリア様はその内容をご存知だったのですね。(^^♪


公教要理では、聖霊の12の実りの復習をし、
そのあと聖霊の七つの賜物の説明、そして七つの賜物と至福八端の関係について勉強いたしました。

聖霊の賜物は、敬畏→考愛→知識→剛毅→賢慮→聡明→上智 というふうに順番にできるものだと伺いましたが、
それぞれの賜物がどういうふうに順を追って関係しているのか、また、順番は必ずその順番でしか敬畏から上智にたどり着くことができないのかをもう少し知りたいと思いました。

【お返事】
マリア様は、すごいですね。何をお望みか尋ねると最高の答を下さいますね。
聖ベルナルドは、Ubi autem amor est, labor non est, sed sapor. と言いました。
「愛」 amor があるところには「つらい」 labor ではなく、「あまい」 sapor がある、と訳してみました。
聖アウグスティヌスも似たようなことを言っています。

Qui amat, non laborat.
Omnis enim labor non amantibus gravis est,
solum amor est, quod nomen difficultatis erubescit.
Amemus et nos Christum
et facile videbitur omne difficile.

愛する人は、つらくない。
全てのつらさは、愛さない人々にとっては、重い。
愛だけが「難しい」の言葉を赤面させる。
私たちもキリストを愛そう。そうすれば全ての難しいことが易しいことに見えるだろう。


【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

私たちの大切な小野田神父様!

昨日、今日と御ミサ、そして堅振式の準備の勉強会など色々ありがとうございました!!
黙想会が終わってすぐにフィリピンに戻られて、そしてまたすぐに日本にお帰り下さり、本当にお疲れなのではと思うのですが、私たち日本信者の為に尽力して下さり本当に感謝致します!!m(_ _)m

公教要理では前回の続きから聖霊の12の実りについて、また聖霊の7つの賜が至福八端に繋がっていることを勉強させて頂き、少し前回の分も含めてレポートさせて頂きます!(^O^)/
すみません、たくさん書いたので、もし間違っていたり、読みにくかったり、簡略化した方が良い所がありましたら修正して頂ければと思いますm(_ _)m

[分かった事]
・聖霊の12の実りと、聖霊の7つの賜は違うのか?
---聖霊の12の実りとは、実り(ラテン語ではfructus、英語ではfruit《フルーツ》)と言って、聖霊の7つの賜が影響を及ぼした後の結果である、という事が分かりました。

聖霊の12の実りとは、
1.愛(caritas)
2.よろこび(gaudium)
3.平和(pax)
4.忍耐(patientia)
5.堅忍(longanimitas)
6.親切(bonitas)
7.善良(begninitas)
8.柔和(mansuetudo)
9.誠実(fides)
10.慎み(modestia)
11.節制(continentia)
12.貞潔(castitas)
であり、最初の1~5が「善そのもの」、6~9が「隣人への善」、10~12が「体の善」
という事が分かりました!12個もあると何か大変だなあと思いそうですが、最初の「1.愛」があれば、それ以降のものは自然と連結して繋がっているのだなと思いました。
この実りを得るために、聖霊の七つの賜を頂ける堅振の秘跡は何と重要であるかという事も実感致しました!

そしてその聖霊の7つの賜とは、
・上智(sapientia)…・天主を味わせる(sapio)・原因にさかのぼって判断→(その結果)天主を頂点に秩序立てる。本当の平和ができる。平和とは、秩序における穏やかさのこと。
・聡明(intelligentia)…天主の神秘の中に深く入り込む→天主の玄義を知性で「見る」→天主を「見る」ことが出来るように心を清めてくれる。
・賢慮(consilium)…聖霊からのアドバイス、助言、イエズス様の御言葉をきく。イエズス様は特に「互いに愛し合え」と新しい掟を与えた。→あわれみ
・剛毅(fortitudo)…意思を強める(天主の御旨を果たしたい)→天主の聖旨を糧として望み渇く
・知識(scientia)…被造物に関する知識。被造物は天主に至る手段であって、究極の目的ではない→被造物が多くの罪の機会となっていると理解する
・孝愛(pietas)…天主を御父として見る、子供として。隣人を兄弟として考える→柔和
・敬畏(timor Domini)…《上級の怖れ》罪を犯すことによって主を悲しませる、妻/子の怖れ。《下級の怖れ》自分の罰を怖れる、奴隷的な怖れ。→罪の機会から離脱する

そしてまず敬畏の賜を頂くことによって、そこから上智の賜へと繋がっているということも分かりました!

そして聖霊の7つの賜が8つの至福八端に繋がっているということも分かりました!

至福八端(マテオ5章2節~9節)☆下から完成される
8.正義のために迫害される人は幸せである。天の国は彼らのものだからである。←この8番目は全てをまとめて付けられた。
7.平和のためにはたらく人は幸せである。彼らは天主の子らと呼ばれるであろうから。←天主を頂点に秩序立てる(上智)
6.心の清い人は幸せである。彼らは天主を見るであろうから。←天主の玄義を知性で「見る」(聡明)
5.あわれみのある人は幸せである。彼らもあわれみを受けるであろうから。←「互いに愛し合え」というイエズス様の掟に従えというアドバイス「あわれみ」(賢慮)
4.正義にうえかわく人は幸せである。彼らは飽かされるであろうから。←天主の聖旨を糧として望み渇く(剛毅)
3.悲しむ人(泣く人)は幸せである。彼らは慰めを受けるであろうから。←被造物が多くの罪の機会となっている(知識)
2.柔和な人は幸せである。彼らは地を譲り受けるであろうから。←天主を父とすると、隣人が愛する兄弟姉妹となる。同じ家族の一員に対してなら柔和となりうる。(孝愛)
1.心の貧しい人は幸せである、天の国は彼らのものだからである。←被造物から愛着を絶って、罪の機会から離脱する(敬畏)
   ↓
謙遜な人、被造物から離脱

たくさん説明して下さってありがとうございます!堅振を受ける姉にもこれをよく勉強してもらおうと思います!(^_^)

[分からなかったこと]
また何が分からないのか分かっていない状態ですが、あわれみが特に賢慮の賜の結果に結びついているという所が不思議な感じです。
おそらく今日のお勉強の詳しい内容が神との親しさシリーズ(4)愛の実践と聖霊のP253~P341の部分にも書いてあるかと思いますので、また読んでいきたいと思います。

今日は御ミサのあと、ロザリオの十字軍が始まったので、御聖堂で皆さんと一緒にまたロザリオを一環唱えました!
そしてその後、来月ティシェ・ド・マルレ司教様がいらっしゃるのでSANCTE PIE DECIMEのポリフォニーを練習しました!(^O^)/

デオ・グラチアス!


【報告】【東京】
Dear Fr Onoda:

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
男: 14人(内、子供1人)
女: 24人(内、子供3人)
計: 38人(内、子供4人)


【報告】【東京】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

小野田神父様

ありがとうございました!
今日の公教要理の時間はいつにも増して感動的でした。天主様はお優しいだけでなく
完璧な方で、そして、しかしやはり本当にお優しいので、
まさにその甘美さに感動して涙が出てしまいそうでした。

カトリック要理は学べばいつも感嘆と感動の連続です。
でもこれは何も特別な感情などではなく、この教えを教えるべき人々が
カトリック教会の伝統を守って伝え教えて行ったならば、世のもっと多くの人々も
このような感動を覚えることができたはずなのに・・・と思うと悔しくてなりません。
マリア様の汚れなき御心により頼み、さらなる犠牲とお祈りが必要だと改めて感じました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本日の御ミサのレポートをお送りいたします。

今日の御ミサでこれだ!と分かった点 

 ・マムモンとはお金のことだということ。
  (「お金の奴隷」などという表現は現代の世間でもよく使うと思うのですが
  マンモンとはお金のことだと聞き、2000年の時が経っても国が違っても
  悪は悪で変わらないのだ、と思いました。)

 ・昔は、悪は悪・罪は罪と判断されていたが、私たちの生きる現代はさらに悪く2つの罠が置かれていること。
  1つは、罪はもう罪ではない、悪はもう悪ではない、敵はもういない、悪魔なんていない
  「敵はいない」という罠であり、もう1つは「イエズス様に従っているつもりでもこの世に従っている」罠。
  例えば、詰まるところ自分の利益のために、イエズス様を道具とする偽善的な態度に陥るといったことである。

よく分からなかった点
  今回はよく分からなかった点はありませんでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

明日の御ミサでお会いできますことを楽しみにしております。
聖母の汚れなき御心よ、我らのために祈りたまえ!



【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

私達の大切な小野田神父様こんばんは。

今日、聖母の汚れなき御心の大祝日に、思いもよらず大阪の聖堂で御ミサを捧げて頂くお恵みを与えられたことに感謝でいっぱいです!!
天主様に感謝、インマクラータに感謝いたします。

今日は9名の方々が御ミサに与り、御聖体拝領のお恵みを頂きました。御ミサ前には、ロザリオと晩課を捧げ、御ミサ後には聖母の連祷と聖母の汚れなき御心に日本を捧げる祈りを唱える事ができました。デオ・グラチアス!

小野田神父様には、大阪→東京→大阪と、新幹線で行ったり来たりという大きな犠牲を払って頂いてしまいました。(;_;)
小野田神父様にも感謝します!マリア様が小野田神父様に誰よりも大きなご褒美を下さることとお察しします。

お説教の中で、聖母の汚れなき御心に捧げられた大阪の小さな聖堂を、マリア様が気に入ってくださっているとお聞きして、とてもうれしくなりました。
もっともっとマリア様をお喜ばせするようにいつもマリア様と一緒に全てが出来るようにしたいと思います。



【報告】【大阪】
JMJ アヴェ・マリア!
小野田神父様
こんにちは!
19日20日の大阪の御ミサでは、黙想会後だったためか、周りが騒がしかったとしても御ミサに深く与ることができ、イエズス様とマリア様に深く祈りを捧げることができました。
2日間とも素晴らしいお説教を聞くことができ、よい黙想をする事ができました。
聖ベルナルド様は偉大な聖人で、「天主様のいない天国よりも 天主様とともにいる苦しみの中のほうがいい」という言葉が特に印象に残っていて、苦い苦い十字架の木もイエズス様によって蜜のような甘い甘い物に変えてしまうお恵みを聖ベルナルド様はよくご存知だからこのような事を仰ったのかな、と個人的目線から黙想したりし、私の心にぐさっと響いた部分でした。そして"イエズス様はマリア様を通してお生まれになったので、天主様はマリア様を通してお恵みを与えようと望まれている"という教えに、今まで以上にもっともっとマリア様の近くにマリア様のそばに行きたい!と思うようになりました。退堂の聖歌で歌ったあわれみのきさいはタイミングがピッタリでこれもまた、感謝感謝でした(*^-^*)

ひとつ気になったことは、公教要理の時間に七つの賜のお話で、賜を頂くには段階があると聞き、その段階を踏まないことには上智や、聡明、賢慮などの賜を頂くことはできないのか?段階を踏まずに、ぱっと上智の賜を頂くことはできないのか?と疑問に思いました(*^-^*)
また神父様にお聞きしようと思います。

その上、22日の聖母マリアの汚れ無き御心の御ミサに与ることができて本当に嬉しかったです。日本は"聖母マリアの汚れ無き御心"に奉献されているし、日本の保護者ですし、さらに大阪のお御堂は"聖母マリアの汚れ無き御心聖堂"です!!その御聖堂で与るお恵みを頂き、本当にマリア様のお力は偉大で、マリア様のお優しくて憐れみ深い愛をひしひしと感じました。

しかし猛暑のためとハードスケジュールのため、神父様が倒れてしまうのではないかととても心配でした。小野田神父様ありがとうございました。・:・(*´ー`*人)
大阪信徒のためにたくさんのお恵みを贈ってくださり、私達の御母聖マリア様を通して、天主様に感謝致します!!

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