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Channel: Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた
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平和を告げる足は、なんと美しい事か。

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愛する兄弟姉妹の皆様、

2016年12月3日(初土)に大阪で聖伝のミサを捧げました。その時のお説教をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

2016年12月3日 初土曜日 証聖者聖フランシスコ・ザビエルのミサ
小野田神父 説教

聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。今日は2016年12月3日、聖フランシスコ・ザビエルの大祝日です。そしてまた今日は、マリア様の初土曜の信心を行う初土曜日です。今日の御ミサの後にはいつものようにを公教要理をする予定ですが、その前に少しだけ聖歌の練習もなさってください。そして公教要理は聖書について、聖パウロという人が本当に居た、聖パウロが自分の書簡を本当に書いたというこの証拠がどこにあるのか、という事を皆さんと一緒に黙想したいと思っています。


「平和を告げる足は、なんと美しい事か。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日は聖フランシスコ・ザビエルの大祝日です。聖フランシスコ・ザビエルは日本に初めてイエズス様の福音を伝えて下さった方です。約450年前に鹿児島に到着しました。ですから今日は特に、今では残念ながら火災で燃えてしまったのですけれども、広島には聖フランシスコ・ザビエルに捧げられたとても美しい大聖堂があって、それは非常に有名でした。

今日は聖フランシスコ・ザビエルの生涯を、どんな人生を送ったのかという事を黙想して、

一体何でそのような人生だったのかを考えて、

それから最後に私たちは、では私たちは聖フランシスコ・ザビエルに倣って、聖フランシスコ・ザビエルのように何かこの人生を有意義なものにする為には一体どんな事ができるか、遷善の決心を立てる事に致しましょう。

イエズス様がこの世に来られる前に、その御自分の福音を伝える為に先駆者を送りました。それは洗者聖ヨハネで、イエズス様が来たる、イエズス様の事を私たちがよく信じる事ができる為に、当時のユダヤの人たちが信じる事ができる為に準備する為に、霊魂を準備する為に、そして「天主の子羊はこの人だ。真のメシアはこの人だ。救い主はこの人だ」と指し示す事ができる為に、洗者聖ヨハネが送られました。洗者聖ヨハネは、「かつて女から生まれた預言者の中で、これほど偉大な者はない」と言われたほど立派な方でした。

日本の霊魂を救う為に、イエズス・キリストが真の救いである、という事を指し示す為に送られた新しい洗者聖ヨハネがいました。それが今日の聖フランシスコ・ザビエルです。

聖フランシスコ・ザビエルは1506年に、スペインのナバラという所のザビエル城の城主の御曹司として、そのとても地位の高いお城を継ぐ者として生まれてきました。そしてそのザビエルはとても健康でスポーツマンで、頭も良くて、家族の希望を担ってパリに留学しました、パリ大学で勉強しました。パリ大学で法学部にいて、法律を勉強して、そして弁護士になって将来は自分の城を継いで、そしてスペインの貴族の力ある貴族のうちの一人としてこの世を楽しむ、或いはこの権力をうまく使う事ができるように準備している予定でした。

パリ大学で勉強しているとソルボンヌで法律を勉強していると、その同じ下宿の部屋にいた友人がやはり、それもパリ大学の学生でした。彼は自分よりも年上で、やはりスペインの出身で、やはり貴族ですが、ザビエルよりはもっと下の貴族の人でした。ロヨラ家のやはり御曹司で、イグナチオといいました。イグナチオは司祭になろうとして神学の勉強をしていました。

一生懸命フランシスコ・ザビエルが法律の勉強をして、法律を覚えたり、暗記したり、判例を覚えたりなどと、ラテン語に取り組んだりしているのを見て、イグナチオはある日言ったのです、「フランシスコや、お前は一生懸命勉強をしているけれども、一体何の為に勉強しているのか?霊魂を失ったら一体、この世全てをもうけたとしても一体何の益になるのか?霊魂の事を考えよ。永遠の命を考えよ」と言いました。

「何だ、永遠の命なんて。はっ俺はザビエル城の御曹司だぞ」と答えたものの、後でよく考えてみると祈りをしてみると、「確かにそうだ。大きなお城をもらっても、この世を支配しても、たとえこの世の君主となったとしても、この地上の全世界の王となったとしても、たかだか数十年の人生だ。この世の富、この世の快楽、それが一体何だ。あっという間に過ぎてしまう。永遠のものを、変わらないものを求めなければならない。」祈って、考えて、祈って、考えて、フランシスコ・ザビエルは結局、イグナチオについて行く事にしました。そして自分も一緒にイグナチオの道を、やはり永遠の命の事の為に全てを使いたいと思ったのでした。

そしてイグナチオの指導のもとに、「霊操」という黙想をして30日の黙想をして、そしてイグナチオと一緒にイエズス会の創立メンバーとなりました。8月15日にモンマルトルの丘でイエズス会士として入会する決心を立てるのです。

そして、イエズス会の一員としてたまたまイグナチオの近くに、ローマに来てイグナチオのそばに居た時がありました。ちょうどその時、イグナチオはポルトガルの王様から命じられて、「今インドで司祭が必要としている。そこで是非、イグナチオに司祭を送ってもらいたい」という要請がありました。本当は聖イグナチオは別の司祭をインドに送る予定だったのですけれども、その司祭がその時病気で行く事ができなくなってしまいました。そこで近くに居たフランシスコに、「フランシスコ、インドに行って、イエズス様に対する愛の火に燃え立たせて、火を点けに行け」と言うと、「はい」と言って、そのままインドに行く事になりました。

その後聖フランシスコ・ザビエルは、敬愛するイグナチオを見る事はありませんでした。
すぐにポルトガルに行って、リスボンの港からインドに旅立ちました。教皇様の特別の特使としてその代理として、インドに旅立ちました。そのインドに旅立ったのが1542年の事でした。インドに行くと、多くの人々をキリストの命に導いて、洗礼の水によって超自然の命に生み出しました。中には権力のある君主や王様たちも聖フランシスコ・ザビエルによって洗礼を受けました。聖フランシスコ・ザビエルは一生懸命インドの言葉を勉強して、公教要理を教えたりしました。奇跡も行いました、死者を蘇らせた事もありしました。中でも有名なものは、もう既にその前の日から亡くなって埋葬された人に、その死者に、蘇るように、墓から出て来るように命令した事がありました。実際その死者が本当に墓から出て来てしまって蘇って、多くの人々はその奇跡に感嘆して、信仰の恵みを受けました。

そんな聖フランシスコのもとに日本人がやって来ました。そして日本の事を聞くと、「ぜひ日本に来て、イエズス様の事を教えて頂きたい。」その聖フランシスコのもとで洗礼を受けたその弥次郎と一緒に、日本に行く事にします。長旅でしたが、聖フランシスコ・ザビエルは1549年8月15日、聖母の被昇天の時に、日本の霊魂たちをマリア様のように天国に導く為に、鹿児島に到着しました。その到着の日がマリア様の被昇天の大祝日だったので、「これはマリア様の特別の御恵みだろう」と聖フランシスコ・ザビエルは確信しました。

聖フランシスコ・ザビエルはそこで、「是非イエズス・キリストの真の信仰を、超自然の命を、永遠の命の事を、真の救い主の事を、日本の方々に知ってもらいたい。その為にはぜひ天皇陛下に会って、天皇陛下にも知ってもらいたい」と思いました。そこで冬の寒い中を裸足で、その足からは血を流しながら、雪の中を京都まで歩いて行きました。

残念ながら天皇陛下はその時に力がなくて、武家の時代で戦国時代で、全く京都は荒廃していて荒れていて、天皇には何もする事ができなかったので、そのまままた九州に戻りました。そして特に山口で大名に、教皇様の代理として宣教をするという特別の許しを受けて、そこを拠点に宣教します。

日本にはほんの3年宣教する事ができました。1549年から51年、日本にずっといた訳ではなくて、インドにも時々行きました。

ある時日本の方が、「本当に立派な方で、立派な宣教師で、確かにキリスト様の教えは本当に素晴らしい。でももしもこの教えが本当ならば、なぜ中国の人々は信じていないのか?」と非常に単純な質問をすると、「あぁ、そうか。では日本の人が信じる事ができる為ならば、私は中国に行って、中国の人にイエズス様の事を話しをしよう。そうしたら日本の方も簡単に信じる事ができるだろう。」そして中国に行く計画を立てます。

しかし中国に行くその手前の小さな島で、中国行きの船を待っていました。ある時中国の商人がやって来て、「あぁ、お金をくれればその船に乗せて、大陸に送って行ってあげよう」と、お金を払うと、「いつ何日何日に船を準備するから、その時まで来てほしい」と言われて、そしてフランシスコ・ザビエルはその日を待ってました。その日を待って、待っていたのですけれども、約束の中国の人はやって来ませんでした。

遂に病気になって、1552年12月2日、聖フランシスコ・ザビエルは病の為に、天主様に御自分の霊魂を一人で、一人ぼっちで忘れられて、そしてあたかも捨てられたように、そして天国に霊魂を返します。

フランシスコ・ザビエルが亡くなっているのを見た中国の人たちは、それをその当時の土着に習慣に従って、穴を掘って遺体を埋めて、そしてその遺体に熱い熱湯を注いで、早く腐敗が進むように、そして埋葬しました。

埋葬された後に、聖フランシスコ・ザビエルからあまり連絡がないので心配したイエズス会の人たちは、インドからやはり使者を送って、「一体どこにいるのか」とすると探してみると、ようやく聖フランシスコ・ザビエルは亡くなってここに埋葬されたという事を知ります。そしてその埋葬のお墓の所を掘ってみると、彼の聖フランシスコ・ザビエルの遺体はそのまま腐らずに、生き生きとしてあたかも眠っているかのようにそのままありました。

すぐに遺体はインドのゴアに運ばれました。ゴアには1554年、2年後に到着して、それ以後ずっとゴアに、聖フランシスコ・ザビエルの遺体がまだ今でも腐らずに残っています。

私もインドに行った機会があって、今から20年ほど前です。その聖フランシスコ・ザビエルの遺体のすぐその所にある祭壇でミサを捧げる事ができました。聖フランシスコ・ザビエルの右手は、多くの人々に何千人何万人もの人々に洗礼を授けた右手は、イエズス会の本部のローマのジェズ教会に右手だけ置かれました。右手は今もローマのジェズ教会にあります。東京の聖マリアカテドラル大聖堂には、ドイツのケルン教区から、聖フランシスコ・ザビエルの聖遺物の一部が寄贈されました。聖人のもう一つの手は、日本に送られるためにマカオに持ってこられましたが、日本は当時迫害の最中だったので、今でもそのままマカオにあるそうです。

一体、聖フランシスコ・ザビエルは何故わざわざ日本まで来て、何故そしてまた中国まで行こうとして、そして寒さの中で12月に凍えて貧しく捨てられたかのように、裏切られて命を失っても、何故そこまでしたのでしょうか?もしもナバラのザビエル城で悠々自適にいたら、おいしい物も食べたし、おいしいワインを飲んで、温かく、一生を面白おかしく過ごしたかもしれないのに、何故ここまでしたのでしょうか?

聖フランシスコ・ザビエルの1つの唯一の気がかりは、唯一の願いは、「霊魂が天国に行く」という事でした。そして自分の霊魂を救う事だけではなく、「多くの霊魂たちが真の救い主を知って、そして多くの霊魂たちをできるだけ多く天国に救いたい、天国に導きたい。」ただそれだけに自分の人生を送りたかったのでした。そしてその為に、「多くの霊魂たちを天国に導く為であれば、自分のお城も、財産も、名誉も、それは塵芥だ。何でもない」と思っていました。

考えてみてください。もしも私たちが製薬の研究をして特別の薬を発見して、心筋梗塞を治す薬とか、或いはガンを治す薬とか、或いはもう不治の病と言われているようなものを特効薬を発見したとしたら、そして発明してそれをもう安く、数十円で皆さんがする事ができるようにして、そして命を救うとしたら、私たちはどれほど多くの人々から、「あぁ、ノーベル賞ものだ。」「あぁ、すごい発明をした。」そして感謝されるに違いありません。

聖フランシスコ・ザビエルは日本の霊魂たちを、日本にいる霊魂たちを、インドにいる霊魂たちを、単なる彼らに数十年長生きをさせようとしたのみならず、「永遠の命を与えよう」と思ったのでした。「天国に連れて、天国に導きたい」と思ったのでした。このイエズス様の福音を告げる足はどれほど美しい事でしょうか。

その以後、日本では多くの大名たちがキリシタンとなって、イエズス・キリストを知る事ができました。そして今の日本では考えられないほどの多くの方々がキリシタンとなって、教会が建てられて、そして病院が建てられて、学校が建てられて、キリスト教の文明が、印刷物ができたり、合唱ができたり、老人ホームができたり、多くの事業が日本で活動されていました。残念ながらそれは迫害によって潰されてしまいましたけれども、しかし多くの霊魂たちはそれによって天国に導かれました。

では私たちはこの聖フランシスコ・ザビエルの人生を見て、どのような決心をしたら良いでしょうか?

まず私たちも、イエズス・キリストの御教えを、そして永遠の命への道を知らされた事を感謝致しましょう。聖フランシスコ・ザビエルをはじめ、多くの宣教師の方々のその努力と、犠牲と、その愛の業に感謝致しましょう。洗者聖ヨハネから始まって、イエズス様のその教えを伝えて下さった多くの方に感謝致しましょう。そして私たちも、できれば多くの方々が永遠の命に導かれますように、何かする事ができますように、そのお恵みを乞い求めましょう。

私たちは持っているものを打ち払って、インドや中国やアフリカに行く事ができませんが、しかし祈りによって、犠牲をする事によって、多くの霊魂を救う事ができます。多くの霊魂にお恵み与える事ができます。この事をファチマのマリア様は、「初土曜日の信心をするように」と教えてくれました。このことを実はファチマの3人の子供たちはやっていました。3人の子供たちは世界中に行った宣教師ではなかったのですけれども、しかし多くの霊魂を、その祈りと日々の義務を忠実に果たす事によって、苦しさを捧げる事によって、多くの霊魂を救う事ができました。

ですから私たちは聖フランシスコ・ザビエルに倣って、多くの霊魂を救う為に、私たちの祈りと犠牲を捧げる事に致しましょう。初土の信心をよくする事に致しましょう。聖フランシスコの御取次ぎによって、私たちの祖国の同胞たちが兄弟姉妹たちが、イエズス様を知り、愛し、そしてイエズス様に忠実に従い、そして遂には天国に導かれますようにお祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。



聖ピオ十世会日本のお説教・講話がここに掲載されています。

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