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聖ピオ十世会ファチマ・ローマ国際巡礼のご報告(その2) ローマ編

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アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 8月22日、聖母の汚れなき御心の祝日に、私たちはファチマで聖母の汚れなき御心の祝日の歌ミサを執行しました。司式はニュージーランドのクランショウ神父様で、大阪とワンガヌイとダバオと中国とから構成される聖歌隊で素晴らしい歌ミサができました。

 ファチマを後にする前に、有志の方々と一緒に、ファチマの大聖堂の聖ジャシンタのお墓のもとでお祈りをしました。さらにファチマの聖母の御出現の場所に跪き、聖ピオ十世会(日本)を聖母の汚れなき御心に奉献する祈りを更新しました。また、聖母の汚れなき御心に日本を奉献する祈りを更新しました。

 その後、私たちはローマに行くためにリスボンの飛行場へと行かなければならず、ファチマの聖所を後にしました。私は、最後に日本の東京と大阪の全ての信徒の方々の名前の書かれた紙をその中に入れた金箔の聖母の汚れなき御心を、ファチマの聖母像のところに置いて(ファチマの公式の香部屋係の方にお願いしました)奉献しました。後に、それをまた返してもらって、今では、それは聖ピオ十世会大阪の聖堂にあるファチマの聖母像の首にかけられています。

 その夜に私たちアジア管区の一行(120余名)は既にローマに到着し、聖マリア大聖堂とテルミニ駅との近くにあるホテル・メディテラネオの宿泊しました。

 8月23日には、120余名は、40人ほどの三つのグループに分けられ、それぞれのグループに現地の観光ガイドさんと司祭が一人ずつついて、ローマ巡礼を行いました。

 日本からの私たちは、韓国や中国からの巡礼者たちと一緒になり、第1のグループを構成しました。私たちはグループごと順番に、聖ピオ十世会イタリア管区がローマ市内にもつ「シエナの聖カタリナ聖堂」でミサを捧げました。聖マリア大聖堂の近くで、プデンチアナ教会の通りに面し、地下鉄の駅のすぐ近くの交通の便の良いところにありました。小さな教会ですが、私は初めてそこでミサを捧げることができました。

 ローマ最初の日は、私たちのグループは、聖マリア大聖堂(雪の聖母の教会)に参り、ベトレヘムから持ってこられたイエズス様が生まれた時にそこに置かれたまぐさおけ、後陣にある有名な聖母の戴冠のモザイクなどのもとで祈りました。この大バジリカは、エフェゾ公会議の直後に、天主の御母である聖母の栄光をいや増すために大きく飾られました。

 聖マリア大聖堂の後は、聖プデンチアナ教会や聖プラクセーデ教会を訪問して祈りました。午後は、スカラ・サンタ(聖なる階段教会)、ラテラノ大聖堂、エルサレムの聖十字架教会を訪問しました。

 天正遣欧使節も、このような教会があちこちにあるローマを見て、大変驚いたことでしょうね。

 8月24日、ローマでの第2日目は、バチカンの聖ペトロ大聖堂に早朝から全員でお参りしました。三人の司祭らは、聖ペトロ大聖堂の脇祭壇でミサを立てる予約がしてあったからです。司祭たちのうちで一番年長であった、皆様のしもべが、年功序列で聖ピオ十世のご遺体が安置されている「聖ピオ十世の脇祭壇」でミサを捧げました。聖ペトロ大聖堂でミサを捧げたのはこれで二回目でしたが、初めて聖ピオ十世の祭壇で聖伝のミサを立てる特権を頂き、天主に感謝します。ミサ聖祭の後は、9時半まで「聖ペトロの信仰告白」のところ、すなわち教皇祭壇のすぐ前に跪き、私たちのグループ皆でロザリオ一環を捧げました。ロザリオの後は、現地ガイドさんの説明に従って聖ペトロ大聖堂を見て回りました。ガイドさんはフランス語とイタリア語を話される方で、私がグループの巡礼者の方々のために英語と日本語と韓国語に翻訳しました。

 特に何度聞いても印象的だったことを列記します。

(1)20世紀になってピオ十二世のもとで始められた考古学的発掘の結果は、聖伝の正しさを証明した。聖伝によって伝えられていた聖ペトロの墓の場所は、まさに、ミケランジェロの作ったクーポール(丸天井のドーム)の天辺から垂直線を下ろした地点にあった。

(2)聖ペトロ大聖堂の壁には、聖ベネディクトから始まって聖フランシスコ、聖ドミニコなど修道会の創立者たちが飾られて、カトリック教会を修道会が支えているということを示している。(聖ヨハネ・ラテラノ大聖堂には、十二使徒たちの巨大な像が柱にあり、カトリック教会の支柱は十二使徒たちであるということを意味している。)

(3)聖ペトロの司教座の入っている、倚子の形をしたブロンズの聖遺物入れは、二人のラテン教会博士と、二人のギリシア教会博士によって支えられている。聖アンブロジオと聖アウグスティノ(二人ともミトラ(司教帽)をかぶっている)、そして聖クリゾストモと聖アタナジオ(二人とも頭には何もかぶっていない)

(4)教皇祭壇を覆うバルダキノの柱には聖遺物が入っている。その周りの4つの巨大な柱には、4名の聖人たち(聖ヘレナ、聖ヴェロニカ、聖ロンジーノ、聖アンドレア)の巨大な像がある。その上にはそれぞれの聖人の聖遺物がある。(ただし聖アンドレアの聖遺物はパウロ六世がギリシア正教会に譲ってしまって無い)その上のモザイクには次の二つの文章が書かれている。Hinc una fides mundo refulgit. Hinc sacerdotii unitas exorditur. つまり「ここから唯一の信仰が世界を照らし出す。ここから司祭職の一致が由来する。」

 また、有名なマテオの一節がある。 Tu es Petrus et super hanc petram aedificabo ecclesiam mean et tibi dabo claves regni caelorum 「おまえはペトロである。そしてこのペトロの上に私は私の教会を建てよう。そしておまえに天の国の鍵を与えよう。」

(5)O Pastor Ecclesiae, tu omnes Christi pascis agnos et oves (おお、教会の牧者よ、おまえはキリストの全ての羊らと子羊らを牧す)は、ラテン語とギリシア語とで書かれており、普遍的な統治権を意味する。

 午後は、トランステベレ地域にある教会を訪問しました。聖マリア・イン・トランステベレ教会(聖母のモザイクが後陣にあり、正面には有名な幼きイエズスを養う聖母と十の童貞女が描かれているのですが、正面は修理中で見えませんでした)と聖チェチリア・イン・トランステベレ教会(聖チェチリアの生家に建てられた教会で、マデルノの彫った有名な聖女の像がある)です。


 8月25日金曜日、ローマでの第3日目は私たちのローマ滞在最後の日でした。午前中に、ラティスボンがカトリックに奇跡的に回心した教会であり聖マキシミリアノ・コルベ神父様が初ミサを立てられた「聖アンドレア・デッレ・フラッティ」に行きました。ラティスボンに現れた聖母の御像がある脇祭壇でロザリオを一環捧げ、無原罪の聖母の騎士の奉献の祈りを唱え、最後に100周年の聖歌を皆で歌いました。

 その後コロセウムに移動して見学し昼食を取りました。午後はローマの南にある聖セバスチアノのカタコンベの教会とローマの北にあるプリシッラのカタコンベを訪問しました。プリシッラのカタコンベは、アルスの聖司祭がその取り次ぎで奇跡を起こして有名な聖フィロメナのお墓があり、とても身近に感じました。プリシッラのカタコンベでは司祭は初代のキリスト者たちのようにミサを捧げることができました。


 8月26日はホテルの近くの聖ピオ十世会の教会で早朝6時にミサを捧げました。聖母の汚れなき御心の随意ミサをしました。すぐにホテルを発ち、ローマから帰国しました。帰国の直後は、出発点であった大阪の聖母の汚れなき御心聖堂で主日のミサを捧げ、これをもって私たちの巡礼の終わりとしました。しかし、天国への巡礼は続いています。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


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