Quantcast
Channel: Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた
Viewing all articles
Browse latest Browse all 4247

2018年1月20日(土)  殉教者教皇聖ファビアノと殉教者聖セバスチアノ 「福音に基づいた生活を送るために、イエズス・キリストの御聖体からこそ本当の力を得よ。」

$
0
0
2018年1月20日(土)殉教者教皇聖ファビアノと殉教者聖セバスチアノのミサ
小野田神父 説教

聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。

今日は2018年1月20日、聖ファビアノ教皇殉教者、聖セバスチアノ殉教者のミサをしております。今日この御ミサが終わりましたら、いつもの通りに感謝のお祈りがありますが、1月の後半にいつも私たちがしているように、徳川時代に250年ほど続いた踏絵の罪を償う為に、私たちはここで償いの式を毎年しているようにしようと思っています。どうぞイエズス様に対して犯された罪を償う為にどうぞご参加下さい。

それから今日は公教要理の時間に、聖書の話の代わりに、特に来月の初金曜日は2月2日の聖母の御潔めの式で、非常に特別な儀式があります。

ローソクの祝別とその行列、有名なグレゴリオ聖歌があります。そこでぜひ皆さんに、この意味とこの美しい歌を知って頂きたいと思いますので、この何でそのような儀式を行なって、その歌はどういう意味があるのか、という事を少し予習しようと思っています。どうぞその練習をなさっていって下さい。

次のミサはしたがって2月2日と3日、御潔めの式とそれから初土曜日です。2月3日は聖ブラジオの祝日であって、聖ブラジオの喉の祝別もあります。



「イエズスから、全ての病を治す力が出ていた。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日は聖ファビアノと聖セバスチアノ殉教者のミサをしています。この2人の名前は諸聖人の連祷の中にも出てきます。そこでこの今日、この2人のどういう人だったのか、このもう有名な聖人ですので皆さんもよくご存知と思いますけれども、どんな人生だったのか、どんな殉教者だったのか、という事を少し垣間見て、

第2に、このミサではなぜこのように、こんなミサのテキストが使われているのか、という事を少し見て、

私たちは遷善の決心を立てる事に致しましょう。

今日2018年1月20日において、一体聖ファビアノと聖セバスチアノはどんな事を私たちに教えているのでしょうか。まず聖ファビアノ教皇殉教者について、まずざっと見てみます。

聖ファビアノ教皇様はローマの出身で、非常に奇跡的に教皇様に選ばれました。具体的にどんな奇跡が起こったのかという事については、この次に研究して申し上げます。しかし私が知っているのは、その選ばれたその過程が非常に奇跡的であって、「確かに、天主様の御旨はこの方が、ファビアノが教皇になる事だ」という事が誰でも分かったやり方で教皇に選ばれました。

教皇様に選ばれた時には、マキシミーノローマ皇帝の元でした。非常に残酷で、キリスト教徒を迫害していたのですけれども、聖ファビアノが教皇様に選ばれるや否や、しばらくするとこのマキシミーノ皇帝は暗殺されます。教会に対する迫害が中断します。聖ファビアノ教皇様の統治の間は、教会に平和が戻ります。そこで聖ファビアノ教皇様の絵や御像には時々鳩が描かれている時があります。平和のシンボルです。

教皇様がこの平和の時代を利用してローマを、今まで迫害の間うまく統治する事ができなかったこのローマを7つの地域に分けて、7名の助祭たちに担当区域を配分します。この助祭たちに、「特に貧しい人たちの世話をしなさい」と命令します。「教会の財産を使って、あるいは寄付を募って、貧しい人たちの世話をするように」と。それから新しく副助祭を作って、「多くの殉教者たちがいるので、その殉教者たちがどのように殉教したのか、という事を記録を取るように。7名のノタリウスという公証人、特別の事務を選んで、この「殉教録を作るように」と命じました。

それからこの平和の時代を使って、「聖木曜日には主の晩餐の日として、この日に聖香油を祝別する」という特別な儀式を始めました。それは今でも続いています。

こうやってローマの教会をうまく平和に統治して、多くの人々を助けて、多くの人々をカトリック教会の信仰へと導き、主の秘跡を、主の神秘をますます深く黙想している間に、新しい残酷な皇帝、デオクレチアノが皇帝の座に着きます。彼はキリスト教に対して敵意を持っており、最初の犠牲者となったのが迫害の犠牲者となったのが、ファビアノ教皇でした。250年1月20日、今日、デオクレチアノ皇帝の剣によって殉教の冠を受ける事になりました。

この遺体はカリスト教皇様のカタコンベ、アッピア街道にあるそのカタコンベに葬られました。今でもそのアッピア街道にあるカリスト教皇様の所に行くと、ファビアノ教皇様の御墓のその石が残っています。

15年間の統治の間、5回叙階式を12月に行った。22名の司祭を叙階して、7名の新しい助祭を叙階した。平和の間に色々各地に回って、11名の司教様たちを聖別した、と記録が残っています。

もう1人の聖セバスチアノは、このファビアノ教皇様よりも30年後に殉教したローマの兵士です。父親がナルボーナ出身で、母親がミラノの出身で、両者とも貴族であり、生まれが高貴、非常に勇敢で力強いリーダーの軍人だったので、第一軍隊のトップとして頭として総指揮官として、非常にデオクレチアノ皇帝に愛された軍人でした。

ところで密かに、軍隊の中にあるキリスト教徒たち、あるいはその他のキリスト教徒たちの信仰を見て、これを実践していました。特にキリスト教徒たちを助けたり、あるいは彼らに自分の持ち物や自分の奉仕などで助けていました。デオクレチアノ皇帝が知ったら非常に怒り狂うだろうと思われる事も、密かにやっていました。言葉と行いをもって、多くのキリスト教徒たちを励ましていました。

ですからある時には、弱くなって「どうしようか、殉教が恐ろしい。」あるいは恐ろしさのあまり信仰にぐらついているようなキリスト教徒を、聖セバスチアノは励まして彼らを殉教まで導いた事もあります。たくさんの人々が殉教まで導かれました。

そのような人たちの内に、2人の兄弟がいたのです。1人はマルコ、もう一人はマルチェリーノという2人の兄弟で、ローマにキリスト教信者という事で投獄されていました。その投獄されていた時のその責任者は、二コストラートという男でした。この管理者、地位の高い男でしたが、その妻がゾエという女性で夫人で、耳が聞こえなくなりました。それを知ったこの2人のキリスト教の兄弟は、聖セバスチアノをよく知っていたので、聖セバスチアノにそのような事を何らかの方法で伝えたのです。すると聖セバスチアノはこのゾエという夫人の元にやって来て、お祈りをしました。すると、ゾエという夫人の聞えなかった、耳元で騒いでも大声を出しても何も聞えなかったものが、しっかりときれいに聞こえるようになったのです。奇跡が起こりました。

その奇跡に喜んだ夫は、デオクレチアノ皇帝にその事を報告します、「セバスチアノの祈りは素晴らしい!」と「キリスト教徒の祈りで私の妻が治った!」しかしデオクレチアノの反応は、全く思っていたよりは逆でした。「何だと!?セバスチアノがキリスト教を信じている!?一体何の事だ!」セバスチアノを自分の元に召喚します。

「おまえの事を聞いた。一体お前、何を信じているのか!ローマの神々はどうなったのか!」非常に厳しく聖セバスチアノを叱ります。何とかしてキリスト教から離そうと、キリスト教の信仰を捨てさせようと色々努力します。「お前、キリスト教を捨てたら宝物を、お金をあげよう、賞金をあげよう、地位をあげよう、お前にこうしてあげよう。何が欲しいのか?家が欲しいのか?馬車が欲しいのか?軍隊が欲しいのか?何が欲しいのか?さぁみんなあげよう。もしもキリスト教を捨てないならばこんなに罰があるぞ。お前こうするぞ。殺すぞ。」セバスチアノは信仰を捨てようとしません。怒り狂ったデオクレチアノは彼を柱に付けて、弓矢で刺し殺そうとしました。

この後の話は皆様もよくご存知の通り、聖セバスチアノは弓矢をたくさん刺されて、もう死んだと思われました。そのまま死体はほっぽらかされて、そのまま刑吏たちは去って行ったところを、ひそかに夜イレーナというキリスト教の女性がやって来て、その聖セバスチアノの遺体を埋葬しようと、その自分の家に引き取りました。弓矢を取り、埋葬の準備をしていると気付いた事は、セバスチアノはまだ生きているのです。かすかに息をしている。そこで一生懸命イレーナは聖セバスチアノを看病します。薬を塗ったり、何とかして生かそうとするのですがその看病の甲斐あって、聖セバスチアノは健康を回復します。

回復すると、他のキリスト教信者は、「さぁセバスチアノ様、どうぞ逃げて下さい。またどうぞ生き延びて下さい」と言うにもかかわらず、聖セバスチアノは、「いや、私はローマ皇帝の元に行かなければならない。彼を信仰に招かなければならない」と言って、デオクレチアノ皇帝の通る道の所に待っていて、聖セバスチアノはデオクレチアノ皇帝に話しかけます、「皇帝陛下、あなたが非常に愛されたセバスチアノです。あなたの第一軍隊のトップでした、将軍でした。」

その死んだと思ったセバスチアノが生きているのを見て、非常にびっくりして恐れました。セバスチアノは、なぜこんなに良いキリスト教徒を迫害するのか、キリスト教徒を迫害するのはこれは悪である、という事をたしなめました、「どうぞ迫害をやめて下さい。キリスト教徒は良い人々です。」色々な説得を試みたのですけれども、セバスチアノが生きている事、自分のやっている事がたしなめられたという事を非常に怒ったデオクレチアノは、兵士に向かってこん棒で殴り殺すように命じ、聖セバスチアノはその場でめった打ちにされて殴り殺されて、その遺体は脇にあったドブに捨てられました。

そのままセバスチアノがどうなったのか分からなかったのですけれども、夢の中でルチノという男に聖セバスチアノが夢の中に現れて、「自分は今ここにいる。遺体がここにあって、私はここに埋葬されたい」という事を伝えました。この夢に従ってルチノは行ってみると、確かに聖セバスチアノの粉々になった傷だらけの遺体が見つかり、それを聖セバスチアノの言う通りの場所に埋葬しました、カタコンベに埋葬しました。そのカタコンベは今では聖セバスチアノのカタコンベと言われていて、大聖堂が建っています。聖セバスチアノが殉教したのが280年1月20日、今日の事でした。

教会はでは一体どのように、私たちに聖ファビアノと聖セバスチアノのミサに与るように、と言っているのでしょうか?

考えて下さい。私たちは今、1750年前のローマの教会にタイムマシンで移動したと想像してみて下さい。キリスト教は迫害されています。非合法の宗教です。たくさんの人々がそれでもカトリック教会を信じていて、イエズス・キリストを信じて、多くの人々が殉教しています。教皇様がいます。教皇様も殉教していますし、カタコンベに多くの人々が埋葬されていて、ミサは地下のカタコンベで、地下のお墓でしかミサをする事ができません。そこだけが唯一安全な場所であるからです。光が届かないような地下の、入ったら迷ってしまうような所に入って、ミサに与らなければなりません。

そのような所に教皇様やあるいは司祭たちがやって来て、多くのカトリック信者が集まって来て、殉教者の遺体を前に、埋葬される前は傷だらけの粉々になった体を目前にしながら、殉教者の遺体のもとでミサを捧げました。

その事を考えると、入祭誦が、「主よ、私たちの嘆きを聞いて下さい。殉教者の血に仇を取って下さい」という入祭誦の気持ちがよく分かります。

しかしミサが進むにしたがって、天主の仇の取り方が、天主はどのように復讐するかという事について、その復讐のやり方がますますよく分かります。どのように復讐するかというと、「天主はこのように捨てられた、迫害を受けた信仰の証を立てた、」つまり「証」というのはギリシャ語で“マルチリオン”といって、これが後に「殉教者」という意味になるのですけれども、「信仰の証を立てた人々を天主は高める。この殉教者によって天主は栄光を受けている。その栄光を受けた天主は、この彼らに最高の栄光を与える」という事で復讐をする、という意味がますます分かります。

その頂点が今日この福音であって、「私の名前の為に迫害される者は喜びに喜べ。天の国での報いはとてつもなく大きい」という言葉に要約されています。

特に今日の御ミサでは、聖セバスチアノがゾエの耳を治した、あるいは自分の体が治った、という事で、聖セバスチアノからは特別の癒しの力が出る、という事を皆が知っていました。聖セバスチアノの取り次ぎによって病が治った、という事から、特に疫病に対する守護の聖人として、特にカトリック教会では聖セバスチアノの事を崇めていました。
その聖セバスチアノのカタコンベのその墓のすぐ近くに行って、「聖セバスチアノから私たちは癒される。私たちの弱さを強めて欲しい。」あるいは「私たちの病を強めて欲しい」と言って、ちょうどイエズス様の身元に御言葉を聞く為に、あるいは癒される為に多くの人々が集まってきたように、その当時カタコンベにセバスチアノのその模範に倣いたい、あるいはそのセバスチアノから癒しの力を、癒されたいという事で、多くの人々が集まってきました。ちょうどイエズス様と聖セバスチアノの姿が重なったわけです。ですからそれにピッタリするような福音も今日取られています。

カトリック教会はそれだけでは満足しませんでした。「いや、私たちは今聖セバスチアノのカタコンベの御墓の前で、この殉教者に私たちが癒されるように、その力をもらうように、と祈っているけれども、実はこの今から起こる事は、更にすごい事だ。なぜかというと、私たちは聖セバスチアノのお墓に触るだけではなく、遺体に触るだけではなく、イエズス・キリストの御体を拝領する事ができるからだ。イエズス・キリストからこそ本当の力を得よ。罪から癒されよ。私たちの弱さを癒されよ。全ての憐れみと恵みを受けよ。さぁ、イエズス・キリストの御聖体を拝領せよ」と言っているからです。ですから聖体拝領誦も特別にその事を歌っています。

では私たちは今日、どのような遷善の決心を立てたら良いでしょうか?

私たちもこの殉教者の聖なる模範に倣って、この殉教者の御取り次ぎを乞い求めて、私たちがこのキリスト教とは関係のない近代の日本の世界で、キリスト教の福音に基づいた生活を送る事ができますように、特に愛徳の生活を、あるいはこの世の中はますます不潔な不道徳な風習で、ますます汚染されようとしていますから、テレビや映画やあるいはインターネットが私たちの精神を毒そうとしていますから、私たちはそれに対して殉教の精神、それから身を守る事ができますように、またそれらの事から癒される事ができますように、お祈り致しましょう。

その為にも、聖セバスチアノと聖ファビアノの御取り次ぎのみならず、イエズス・キリスト様の御体を受けて、そこから御力を受ける事に致しましょう。

最後にマリア様の御心に汚れなき御心に参りましょう。私たちは長崎の巡礼に行った時に学びました。殉教者たちの力は、マリア様から受けたと。私たちがこの2人の殉教についての、殉教者がどれほどマリア様に対して信心を持っていたかという記録がないので、はっきりと言う事ができませんが、しかし必ずマリア様に対して信心があったに違いません。そうでなければ殉教する力を受ける事ができなかったからです。ぜひマリア様にもその力を乞い求めましょう。

「イエズスから、病を癒す力が出ていた。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 4247

Trending Articles