2021年6月27日(主日)聖霊降臨後第5主日のミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父 説教(東京)
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟姉妹の皆様、
今日はダビデ・パリャラーニ神父、聖ピオ十世会総長の叙階25周年記念です。特に「日本に修道院を作る」という事を決定して下さった総長様です。
パリャラーニ神父様に代わって、皆さんからのたくさんのお祈りを感謝致します。
インタビューで仰っていたのですけれども、皆さんが特にロザリオの十字軍で多くの祈りをなさって下さった事に感謝申し上げます。総長に代わって感謝致します。そしてこのミサが、私たちがここでミサを捧げる事ができているというのも、天主様の特別の御恵みと、そして皆様の祈りと犠牲と、寛大なご協力のおかげだと思っております。感謝申し上げます。
6月はイエズス様の聖心の月ですので、イエズス様の聖心の神秘の中に深く入るように致しましょう。
今日の集祷文は、非常にイエズス様の聖心の良さを、愛に満ち溢れる心を表して、そしてそれに従って祈っている、という事がよく分かります。
“Deus, qui diligéntibus te bona invisibília præparásti : infúnde córdibus nostris tui amóris afféctum ; ut te in ómnibus et super ómnia diligéntes, promissiónes tuas, quæ omne desidérium súperant, consequámur.”
「天主よ、御身は主を愛する者たちに、見えざる善きものを準(ととの)え給う、われらの心に、御身の愛の愛情を注ぎ給え。我らが、すべてにおいて、且つすべてにまさって、御身を愛しつつ、すべて望みを超える御身の約束をわれらが得んがためなり。」
聖心は私たちに、目に見えないとても良いもの準備して下さっています。そして私たちが主を、聖心を、全てにおいて、全てを超えて愛する、そのお礼として、その報いとして、私たちの想像をはるかに超える良いものを私たちに約束して下さっています。
私たちはどうしたらイエズス様の聖心を愛する事ができるでしょうか?
それは、イエズス様が私たちになさって下さった事を理解すればするほど、愛することができます。
イエズス様が人になった事、私の為に苦しまれた事、御聖体などです。
特に御自分が私たちを愛して下さる事を、イエズス様は、司祭を通して、私たちに知らせようと思っています。
特にイエズス様の聖心は、特に司祭を愛しています。司祭には特別の愛と御恵みを注いで、イエズス様の聖心と司祭たちが一つであるように、イエズス様の生き写しになるようにと望んでいます。イエズス様の聖心の愛をそのまま反射して、そのまま映し出す事ができるように、特に司祭には特別の御恵みを注いで、その司祭を御自分の聖心の中に入るようにと招いています。
聖ピオ十世会のこの創立の一番の目的は、イエズス・キリストのその願いに従ったものでした。つまり、「司祭を通して、世界を聖化する。イエズス様の望んだように、司祭の業を通して、霊魂たちを天国に導く。そこで一番大切なものは、教会にとって一番大切なものは、司祭が聖であること。聖なる司祭を養成する事である。」
そこに、聖ピオ十世会の究極の一番大切な意味があります。
そして私も今までの司祭生活で、聖ピオ十世会の多くの同僚の神父様たち、聖なる模範に囲まれて、本当に天主に感謝しております。たとえノブスオルドにいた司教様であっても、「聖ピオ十世会の修道院で引退生活を送りたい」と思っておられる、あるいはますます多くのノブスオルドの神父様たちが、私たちのところにコンタクトを取って、そして「司祭職について、一緒に助け合いたい」と仰る神父様たちがますますいらっしゃる、世界中でいらっしゃる、という事を、「確かにその通りだ」とますます思うようになります。
何故かというと、その司祭職の、そのイエズス様がお望みになったそのままを、私たちが何も変えずに伝えようとしているからです。そしてそれを創立してくださったルフェーブル大司教様に感謝致します。総長も皆様にお祈りに支えられて、御恵みに支えられて、ルフェーブル大司教様がなさったことをそのままを続けようと思っておられます。どうぞ皆さんも、多くの司祭が聖なる者となりますように、お祈り下さい。
できれば、新しいミサをしている神父様たちにも、聖ピオ十世会に是非コンタクトを取って、「司祭職とは何か」「ミサとは何か」について、ますます深い知識を持って頂けたらと願っております。
カトリック教会は、イエズス・キリストの唯一の、本当の、教会です。イエズス様が立てた、御自分の教会、それがカトリック教会です。キリストを頭(かしら)として、私たちは一つの神秘体を作っています。一つの体を作っています。イエズス様が「頭」であって、マリア様はイエズス様から来る全ての御恵みを、全ての体に通す「首」だと言われています。その神秘体を生かしているのは聖霊であって、神秘体の「霊魂」だと言っています。
私たちは、その役割に従って、あるいは手であったり、あるいは足であったり、あるいはその他の部分で、神秘体の色んな部分です。
司祭は神秘体の「心臓」だと言われています。何故かというと、毎日ミサを立てて、イエズス様の聖なるいと尊い御血を神秘体の全身にまわして、イエズス様の御恵みを私たち全てに与える役目があるからです。
ですから、心臓が強ければ強いほど、教会は生き生きとしています。しかし心臓が弱ってしまうと、司祭が弱ってしまうと、神秘体も弱ってしまいます。もちろん、司祭職、最高の永遠司祭のイエズス様ですから、心臓が弱い事はありませんけれども、しかしイエズス様の代わりになって働く司祭たちが弱ってしまうと、私たち信徒に御恵みが行き届かなくなってしまう危険があります。
ですから司祭たちがイエズス様の聖心をよく知る事ができますように、イエズス様を愛する事ができるように、たくさん神父様の為にお祈りして下さい。司祭がイエズス様の聖心に近ければ近いほど、多くの方がイエズス様をますます愛する事ができるようになるからです。
6月は聖ピオ十世会の多くの新司祭が生まれる月でもあります。ほとんどの司祭はこの6月に叙階の式を受けました。どうぞ司祭たちの為にたくさんお祈り下さい。イエズス様の聖心を愛する、イエズス様の聖心に倣う司祭になりますように。
そして私たちも、司祭がますますイエズス様の聖心の司祭となりますように、イエズス様の愛を受けて、イエズス様の愛を皆さんに伝える、イエズス様がどれほど愛に満ちているか、という事を伝える事ができる司祭となりますように、お祈り下さい。そして多くの全てのカトリックの神父様方の為に、お祈り致しましょう。
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。